アーチェリー物語【親子編】2. 笑い声


「このカラーリング、とってもいいですね! 吹き抜けが映える〜」

この瞬間のために仕事を頑張っている、といっても過言ではない。お客様の笑顔がまぶしく、喜びの声が体を突き抜ける。費やした時間や苦労が報われる最高の時だ。

琉乃は、びわホームのコーディネーター。

間取りが決まった家のプランに、内外装や設備などを決めていく役割だ。お客様と話し合い、予算と希望に沿った提案をしていく。

たとえば壁紙の色は白が多く、その白だけで何種類もある。その場でサンプルを見て決めるのは時間がかかるので、すんなり話が進むようにプランを考えておくのだ。

そこまでする必要はないかもしれない。実際に他のコーディネーターは、そこまでしていない。それでも、お客様が満足するコーディネートはできている。

しかし、時間が経てば「しまった」となることもあり、そういった後悔の声もよく耳にする。

だから、少しでもそうならないように、できる限りのことをするのが琉乃のこだわりだ。

「おっ先に失礼しまーす」

自然にいつもより明るく大きな声になった。お客様から喜びの声をもらい、これから向かう息子の初回体験レッスンが楽しみだからだ。




二人は甲西アーチェリー場に少し早く到着。

射場に来るのは二回目だが、いよいよレッスンが始まるので少し緊張している。大峨はキョロキョロして落ち着かない様子だ。

でも、スタッフの姿を見た瞬間、緊張が安堵に変わった。指導してくれるのはアシストアーチェリーの代表で、コーチやスタッフも兼任する神省吾。

一人でこれだけの施設を運営するのは大したものだ。しかも、国内トップクラスの現役アーチェリー選手という。

琉乃は、あふれるバイタリティに魅力を感じていた。そんなオーラを感じさせない優しさで、防具の説明からレッスンは進んでいく。

大峨は説明をしっかり聞き、順調に進んでいるようだ。琉乃は約束通り、後ろで見守ることにした。

見ているだけなら長いと思った五十分は、意外にも早く終わった。

熱心に矢を放つ息子を見ていると、時計を見るのも忘れてしまう。琉乃は後ろで見ているだけで、とても満足感があった。

「今日はどうだった?」

「ちょっと難しかったけど、楽しかった」

「何が難しかったの?」

「手を離すときかな。でも、慣れたら何とかなりそう」

「じゃあ、次も頑張ろうね」

やる気満々とは違うけど、今までの大峨の反応からすると上出来だ。アーチェリーを気に入っているのは十分にわかる。

これから先のことを考えると、帰りの足取りも軽くなった。




二回目の体験レッスンは、小学四年生の女の子と一緒だった。

明るく元気な子だったので、大峨の笑顔は3倍くらいに増えて楽しそう。これは合同レッスンの魅力だな。

その子の親とは会話が弾んだ。

少し先輩なので、レッスンやクラブのことをいろいろ教えてもらった。女同士の会話に熱中すると、時計が壊れたかと思うほど時間が早く進む。

大峨も機嫌よくやっているので、気持ちが盛り上がる時間を過ごせた。


三回目も無事に終わり、いよいよ体験レッスンの最終日。四回目にもなると慣れてきて、射ち始めるまでの準備が早い。

射つ姿も凛としている。親バカかもしれないが、立派に成長しているように感じた。

今日まで琉乃と大峨は何度も、アーチェリーを続けるか話し合ってきた。

体験レッスンを重ねるにつれ、大峨の気持ちは高まっていた。レッスンが終わって確認するが、大丈夫だろう。

最終レッスンは、これまでより大峨の笑顔が増えている。琉乃も後ろで見守りながら、同じ笑顔になっていた。

「はい、これで四回の体験レッスンは終わりです。ありがとうございました」

「ありがとうございましたっ!」

大峨は大きな声でお礼を言った。

「今日はどうだった?」

「一番当たったし楽しかった」

「良かったー。それでどうする? アーチェリー続ける?」

「うん、続ける」

いつもならワンテンポ遅れる返事だが、即答だった。

アスリートコースの小学生は、ほぼ最初からアスリートコースに入るということだった。

できればアスリートコースで頑張ってほしい思いがある。しかし、いきなりはハードルが高いと感じていた。

「では、まず趣味コースで始めます」

前日、大峨と話し合った通りの返事をした。

「それでは手続きをお願いします。あっ、それから、半月後にアシストカップがあります。六メートル部門で参加されたらどうでしょう?」

「えっ、いきなり大会ですか?」

「大会といっても全員が初心者なので、ご安心ください」

神は意味深な笑顔で続けた。

「実は入会されると思って、今日はアシストカップを見据えて六メートルを射っていたんです。半月の間に何度かレッスンすれば、全く問題ありませんよ」

「そうだったんですね~、さすが先生! じゃあ、ぜひとも参加で!」

大峨はニコニコしながら横で聞いていたので、確認するまでもなかった。もうアシストカップを楽しみにしているだろう。

「ねえねえ、次のレッスンは明日!?」

「あー、ちょっと待って。明日は仕事が遅くなるから無理だけど、そうね~、明後日なら大丈夫」

目をキラキラさせながら急かす息子に、オドオドしながら返事する。予想以上の反応に、軽くパニックになっていた。きっと目が泳いでいただろう。


初回レッスンを予約すると、なぜか急いで帰ろうとした。

「あのー、鶴中さん」

神が申し訳なさそうな顔をしながら呼び止めた。

「入会の手続きがまだなんですけど……」

三人の笑い声が、広々とした射場を暖かく包み込んだ。


























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