アーチェリー物語【親子編】20. 薄幸



「あっ、えーっと、鶴中さん」

甲西アーチェリー場に到着すると、声をかけられた。見覚えのある女性だ。

「えーっ、あのときの……」

「ごあいさつ、まだでしたね。大路ゆみえと申します」

以前、玲子にインタビューしていた記者だ。

「私の本業はライターでして、あっ、火を付けるライターじゃないですよ! まあ、お尻に火が付いているかもしれませんが」

「アハハ」

「私が運営するWebサイトにアーチャーのインタビューコーナーがあって、澤嶋さんに選手の親として登場してもらったんです。あの日は、そのインタビューでした」

「そうだったんですね」

「そうだ! ここで出会ったのが運の尽き、じゃなくて、これもご縁なので、今からインタビューさせてもらえませんか?」

明るく楽しく素敵な方だ。

「私なんかでいいんでしょうか?」

「ぜひぜひ、お願いします!」

よく見ると、横には見慣れた大きなバッグがある。

「大路さんは、アーチェリーされるんですね」

「はい。練習が終わって帰るところだったんです。ちょうどいいタイミングでした。では、お願いします!」




息子がアーチェリーを始めたきっかけや、これまでの流れを簡潔に話す。一年ちょっとの間に、いろいろあったと感慨深い。

「今までの流れはわかりました。悩みや課題などは、ありませんか?」

「よくぞ聞いてくれました! ……じゃないですけど、現在進行系の悩みはあります」

「よろしければ、お聞かせください」

琉乃は、例の事件が起こる前からの出来事を話した。

重い話にならないように、簡潔に淡々と。意外なほど、スラスラと話ができた。

すると、話しながら不思議な感覚になる。散らかっていた部屋が整理されていくような。点と点がつながっていくような……。

あちこちにあった障害物が少なくなり、道が見えてきたような感覚。

「……こうして話をしていると、なぜか頭の中が整理されてきた感じがします」

「それは何よりです」

「うまく言えないんですけど、少しずつ道が見えてきたというか、見通しが明るくなってきたというか、そんな感じですね」

玲子とは、それこそ毎日のように、会うたびに話をしている。とても助けられ、参考になっている。それとは違った感覚だ。

「悩みごとって、人に話した時点で半分は解決していると言います。こうして一気に話すことで、自然に半分くらい解決したのかもしれませんね!」

「玲子さんに話をしていると、ひらめいて自分で勝手に納得することもあります。それと似たような感じですね」

難しいパズルが完成していくような興奮。琉乃は思わず立ち上がった。

「大路さん、ありがとうございました! おかげでスッキリしてきました」

「いえいえ、私は何も。でも、お役に立てて良かったです」




「ところで大路さん、アーチェリーは長いんですか?」

「以前はリカーブで、アシストに来てからコンパウンドも始めました」

「神先生の指導なら、腕前はそこそこで?」

「いやいや、私って薄幸アーチャーなんですよ」

「ハッコウ?」

「発酵食品の発酵じゃないですよ! まあ、どこか自然発酵してるかもしれませんが……」

「アハハ、同じく」

「薄い幸せで薄幸です。大事な試合の前に体調を崩したり、やっと年末だと思ったらコロナになったり」

「ひえ~、コロナ大丈夫でした?」

「もう、死ぬかと思いました。病院はたらい回しにされるし、それはもう散々で。その後の試合も全日の申請点に届かずで……」

「それは大変でしたね……」

「そんなこんなで、ただの通りすがりの薄幸アーチャーなんです」

「でも、薄幸って悪くない感じがします。多幸は続かないし、いずれ悪くなりますから。それだったら、薄い幸せが続いたほうがいいと思います」

「ありがとうございます。そう言われれば、そんな気がしてきました。無理やりでも、そう思うようにします!」

「さすが、切り替え早いです!」

「では、私はそろそろ失礼します。今日はありがとうございました!」

コンパウンドのバッグを片手に、通りすがるように去って行った。


思いがけない一日。気持ちが少し前向きになった。

こんな出会いがあるのも、アシストアーチェリーの魅力だ。

薄幸……。

本来は良い意味じゃないかもしれない。

薄い幸せ。少しの幸せ。小さな幸せ。

それなら十分だ。多幸は望まない。

琉乃は、小さな幸せが訪れる予感に胸が高鳴っていた。


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