アーチェリー物語【親子編】23. 夢の舞台



何度も夢に見た舞台は、昨日の夢には出てこなかった。

緊張と興奮。いろんな感情が渦巻き、あまり眠れなかった。

アシストアーチェリー貸し切りの大型バスで、ホテルから試合会場に到着。

夢ではない。ついに夢の舞台に降り立った。

雲ひとつない快晴。朝日が夢の島を照らして演出している。最高の舞台だ。

出場者十人の団体なので心強い。琉乃と大峨は流れの最後尾で歩く。

子どもたちは弓の準備に取りかかる。

琉乃は見学の準備をしながら周囲を見渡す。

体の大きな子は、強そうに見える。体の小さな子なら、……やっぱり強そうに見える。

小さな女の子が近くで弓を組んでいる。やっぱり上手そうに見える。

誰もが上手くて強そうに見え、自分たちだけ場違いな感じ。

「あのー琉乃さん、またまた顔が怖いんですけどー」

澤嶋玲子が笑う。

「あーやだ。……なんか、誰を見ても強く見えちゃって」

「そうかなあ」

玲子は手で双眼鏡を作って、ぐるりと周りを見渡す。

「おっ!ここにも強い人めーっけ」

双眼鏡の先には、弓を組んでいる大峨がいる。

「みんなが強く見えるってことは、他の人は大峨君が強く見えるってことじゃない? 去年の私もそうだったけど、みんな同じだと思うよ」

「まあ、確かにそうね」

「午前は弓具検査と公式練習で時間があるから、試合までに雰囲気に慣れちゃうよ。なかなか普段通りは難しいけど、親が不安だったら子どもに伝染するから、明るくしなきゃね! 」

「うん、そうね!」

「全国大会、楽しもうー」

「おー」

こぶしを突き上げ、にっこり笑い合う。玲子のおかげで気が楽になった。




午前とは明らかに違う、会場の張り詰めた空気。

琉乃の心臓の鼓動が増幅され、指先まで振動となって伝わる。その振動が大峨に伝染しないよう、いつもの笑顔だ。

「頑張って!」

「うん!」

ありきたりで短い言葉。でも、気持ちは通じている。

大峨は少し緊張しているが、ほど良い緊張感。

順位や結果よりも、今までの練習の成果を発揮してほしい。願いはそれだけだ。


経過はスマホで、ほぼリアルタイムで確認できる。大峨は出場八人中、五位スタート。順調だ。

大人の全日と違って、予選落ちはない。全員が決勝トーナメントに進めるので、その点は気が楽だ。

開始直前、破裂しそうだった心臓は、だいぶ落ち着いてきた。

大峨は四位前後をキープ。大会直前に調子を上げてきたので、その良い流れは続いている。


「前半は四位ね。順調じゃない?」

「うん、そこそこいい感じで射ててる」

スポーツドリンクを飲む大峨の目がキラッと光る。

「後半も、その調子で頑張って!」

ポンと背中を叩いて送り出す。歩く後ろ姿は、自信が湧き出ている。

その姿を、琉乃は頼もしく見ていた。




後半は四位と三位を行ったり来たり。前半より調子は上がっている。

夢の舞台での健闘。それが夢のようでもある。でも夢じゃない。

大会ギリギリまで不調だったのが嘘のようだ。

予想以上の頑張りに胸が熱くなり、応援する手に力が入る。

順位ばかり気にしているわけではない。

順位が上がるのは、練習の成果が発揮できているから。それだけ頑張っているから。

それが嬉しい。

あとは、このまま無事に終わってくれることを願う……。




「大峨君、三位です。頑張りましたね!」

試合中、慌ただしくコーチで動いていた先生が来てくれた。

「ありがとうございます。先生のおかげです!」

「いえいえ、今までの努力の成果ですよ!」

神は小走りで去る。入れ替わりに、大峨が汗を光らせながら戻ってきた。

「三位、頑張ったね!」

琉乃はタオルを渡しながら称える。

「うん、だんだん調子が良くなってきた。明日もいい感じで射てそうな気がする」

満足感が漂う表情。

自分から明日のことに触れるのは珍しい。よほど手応えがあるのだろう。

夢の舞台で、夢のような結果。

琉乃は、大峨の頼もしさを感じ、期待に胸を膨らませていた。



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