アーチェリー物語【親子編】27. ライバル
「実はね、ちょっと前まで玲子さん親子をライバルだと思っていたの」
琉乃のカミングアウトに、大げさに驚く玲子。
「あ、いやー、今は全然違って、あくまで前の話だから」
「ええーっ、そうなの!」
慌てた琉乃の言い訳に、玲子は目を丸くする。
「ホントに前のことだし、いろいろ助けてもらってばかりで、親も子も実力が違いすぎて、ライバルなんておこがましいというか……」
琉乃は大げさに恐縮する。
「私は、琉乃さん親子をライバルだと思ってるけどなあ」
「えっ?」
玲子はニッコリ微笑み、琉乃は目を見開く。
「ライバルは敵って意味じゃなくって、刺激になったり、目標になったり、助け合ったり、お互いを高め合う存在だと思うの」
玲子は、並んで練習する二人に視線を送りながら続けた。
「たとえば双子の姉妹だって、普段は仲がいいけど、競技ではお互いが一番のライバルだと思うの。ライバルって、そういう存在じゃないかなあ」
「確かにね……」
「晃史も刺激を受けてるし、私もそうだし、だから私たちにとって、琉乃さん親子は一番のライバルよ!」
「じゃあ、さっきの話は撤回で、やっぱり玲子さん親子は私たちのライバルね。……でも、やっぱり気が引けちゃうなあ」
琉乃は少し恐縮する。
「確かに今は晃史のほうが上かもしれないけど、一番の差は経験年数じゃないかなあ。三年と二年の一年の差は大きいし。けど、それが五年と四年になったら、一年の差なんて関係ないって」
玲子は笑顔で続ける。
「実際、実力の差はどんどん縮まってるし、もうちょっとしたら逆転してるかも? あー、やっぱり琉乃さん親子は最大のライバルだー!」
玲子はバンザイしながら小さく叫んだ。
「大峨もGAカップで優勝を目指してるし、じゃあ、お互いにライバル宣言ってことで!」
「よーし、受けて立つ! 私が射つんじゃないけどね〜」
二人の盛り上がりに、大峨と晃史が同時に振り向いた。
玲子の表情は冴えない。
最近の晃史は引き戻しが多い。その様子を玲子はじっと見つめている。
晃史の調子が落ちているのは、琉乃が見てもわかる。
玲子に声をかけようと思うけど、何を言えばいいのかわからない。結局、声はかけられないまま……。
しばらくして、玲子が琉乃の横に移動してきた。
「晃史、やっぱりターゲットパニックの傾向みたい。ひどくないけど、入り口付近くらいだって」
玲子は前を向いたまま。
「そうなんだ。原因とかは?」
「メンタルが大きいみたい。全日で優勝して、GAカカップも負けられないって思いが強くなって、それがプレッシャーになってって感じかな」
「うーん、メンタルかあ……」
「そうなのよね……。結構な勝ち方したじゃない? だから、余計にプライドが高くなっちゃって、次も圧勝しなきゃって……」
二人とも前を見たまま、次の言葉を探す。
ここは自分の出番だ。玲子の力にならなければ。琉乃は必死に考える。とはいえ、そういう経験もないし、何も浮かんでこない。
そもそも簡単に直るものだったら、先生の一言で直っているはず。メンタルだし、簡単じゃないから、ターゲットパニックで悩んでいる選手は多いわけだ。
……となると、自分なりの考えしかない。
大峨がターゲットパニックになったら、どう言うだろう? どういう行動をするだろう?
「参考にならないかもだけど……」
琉乃は想像しながら、ゆっくり口を開いた。
「少し前の私だったら、『気楽に』とか、『楽しんで』とか言ってたと思うけど、それって本人からすると、『それができれば苦労しないよ』ってなると思うの」
「あー、確かにね」
「本人が気にするのって、一つは周りの目じゃないかな。でも、実際は人のことなんて大して気にしてないよね。だから、『負けても、優勝できなくても、誰も気にしてないよ』って感じで言うかなあ……』
「あー、なるほどね〜」
「もしボロ負けしても、一年もすれば誰も覚えてないと思う。……あと、やっぱり全国優勝ってすごいよ!」
琉乃は喋りながら、ひらめいた。
「マイナー競技のアーチェリーでも、強い人は各年代で何人もいるわけだし、そう何度も全国優勝できるもんじゃないと思う。実際、毎年全国大会で優勝する人っていないしね」
「うん、そう思う」
「だから、優勝できないのが普通。強い人の長い競技人生でも、全国制覇って数えるほどじゃないかな。晃史君は、その一回をもう持ってる。それって、本当にすごいことよ」
「ありがと」
「負けたことは誰も覚えてないけど、何度勝てなくても過去の全国タイトルが消えるわけじゃなくって、加算されていく感じかな。晃史君の二回目が早いに越したことはないけど、数年後でも全然すごいことだと思う」
「そうよねぇ……」
「だから、あれこれ考えず、ミスを恐れずに思い切ってやってほしいなあ。……あー、当事者じゃないから、余計なことまで言っちゃったかも……」
琉乃は力説が終わると、我に返ったようにかしこまった。
「……いや、そうよ。その通りよ! 毎回優勝できるわけないし、負けた人のことって覚えてないし、そもそも気にしてないもんね!」
玲子の目の焦点が合ってきた。
「今まで私が晃史をリードしてきたじゃない? それで優勝まで順調だったから、どうしたらいいかわからなくって悩んでた。でも、琉乃さんの話を聞いて、光が見えてきた気がする!」
「良かった!」
「晃史には『そう何度も優勝できるもんじゃないし、負けても誰も気にしてないよ』ってことを伝えようと思う。結果はわからないけど、何とかなりそうな気がしてきたー」
玲子は花が咲いたような表情になった。
「あー、初めて玲子さんの役に立ったのかなぁ? 今まで助けてもらってばっかりだったから……」
琉乃はニッコリ微笑む。
「なに言ってるの? 今まで何度も助けてもらってるよ〜」
「えー、そんなことあったっけ?」
琉乃は大げさに首を傾げる。
「あ・る・わ・よ! 何度も。それに、私が琉乃さんを助けたことがあったとしたら、同時に私が助けられたってことでもあるしね!」
「う〜ん、なんかよくわからないけど、それって、私たちはライバルっていう締めくくりでいいのかなあ?」
「そうそう、これからもずーっとね!」
お互いニッコリ笑う。
琉乃は、いつもの玲子の笑顔を見て、自分が助けられているような気がした。