アーチェリー物語【親子編】8. 走り出す心



斜めから差し込む朝日がキラキラと眩しい。大峨は横で目をつぶっている。

集合時間の二十分以上前に到着。

ちょうど門が開き、駐車場に車を停めた。早いと思ったが、次々に車が流れてくる。そのたびに、少しずつ緊張が高まる。

琉乃は車から荷物を降ろし、周囲の人にあいさつしながら会場に入った。

今日は滋賀の記録会。大峨にとって初めての公式試合だ。次々に人が増える。高校生や大学生が多い。大人も多く雰囲気に圧倒されそう。

場違いな感じもするが、アスリートコース親子の顔を見かけるとホッとした。

弓を組み立て、全員で的の準備に入る。脚を並べて固定し、畳を置く。そして的紙を貼る手間のかかる作業。

周囲を見ながら慌ただしく作業をしていると、いつの間にか緊張感は吹き飛んでいた。

大峨はアスリート仲間と的の作業をしている。仲良くやっているので問題なさそうだ。

しかし、準備が終わって落ち着くと、現実を静かに突きつけられた。大峨は一番近い的で十二メートル。横の的は十八メートルで、次は三十メートル。距離が全然違う。

一方的にライバルと思っている澤嶋親子の息子、晃史は三十メートルだ。

甲西アーチェリー場では誰もが似たような距離で射つので、違いがわかりにくい。でも、これだけ違うと、実力の違いがはっきりわかる。

高校生以上は七十メートルで、はるか彼方に的が見える。あんなに遠くて、よく当たるものだと関心しきり……。

「大峨君、いよいよ初めての試合ね」

周囲をキョロキョロしていると、澤嶋玲子が声をかけてくれた。

「そうねぇ、何だか緊張してきちゃった」

「私も最初の試合はそうだったなあ。こういう時って、子どもより親のほうが緊張するのよね」

「確かにそうかも」

大峨はアスリート仲間と談笑している。普段通りの姿だ。親ほど緊張してないのかもしれない。初めての試合なので、結果よりも無事に終わってほしい。試合に慣れることが一番。

結果を求めるのは次からだ。




「初めての試合で、五百五十点を超えたのは上出来ですね」

昼食前に神が琉乃に声をかけた。

自身も試合に出ながらコーチもするという、慌ただしい二刀流だ。なのに平然としている。

「そうなんですか。それは良かったです。それもそうですが、とにかく初試合が無事に終わってホッとしています」

やはり先生と会話すると落ち着く。

「午後からも、その調子でいきたいですね!」

「はい!」

昼食は澤嶋親子と一緒だ。琉乃は一方的にライバルと思っているが、それは競技だけのこと。普段は仲の良い付き合いだ。

「その調子だと、午後は自己ベスト狙えるかな? いや、狙わないとね」

玲子が晃史を励ます。

「うん、頑張る」

淡々とした返事だが、顔は引き締まっている。

琉乃は、その流れに乗った。

「午後は午前の点数超えるかな? 頑張って超えないとね」

「うーん、頑張る」

少々頼りないが、晃史に引っ張られる返事だ。

全国大会には遠いが、先生に上出来と言われる点数が出た。午後は慣れているはずだ。もっと良い点が出ても不思議ではない。

というより、良い点が出る可能性は高いはずだ。




秋空には珍しく積乱雲が浮かぶ。目の前の息子に重ね合わせると、力がアップするように感じる。

大峨は十二メートルなので、当たり具合がはっきり見える。スタートは午前より良い感じだ。

アーチェリーの試合は静か。射っている間は、弦がポンポン弾ける音しか聞こえない。

琉乃の心も静かだ。

しかし、すでに過去形。試合が進むにつれ、少しずつ鼓動が高まってきた。

朝は、無事に終われば十分と思っていた。でも、午前の結果で欲が出てきた。どうせなら少しでも良い点が出てほしい。

その気持ちが届いたのか、当たり方が良くなってきたようだ。

「午前中より、だんだん良くなってきたんじゃない?」

ハーフタイムに入って、すぐ大峨に聞いた。

「うん、ミスが少なくなってきた感じ」

「その調子で頑張って。いけるよ!」

ありきたりな言葉で、グッと背中を押した。

アーチェリーの試合は大して変化がない。六本射って的の前まで行き、点数を書いて戻る繰り返し。いつ見ても、どこから見ても同じだ。

琉乃の心境は変化が起こった。

良い点が出てほしいと思うのは当然。早く上を目指さなければ。すでに午前の心境とは違う。

全国大会出場の目標に向かって、さらに力を入れなければならない。澤嶋親子に少しでも早く近づきたい。

そのために、やるべきことは明らか。試合を見ながら、琉乃の心は進み始めていた。

……気がつけば、午後の後半が終わっていた。




「おー、やったー! すごいね」

スコアシートを見て、周りにあまり聞こえないように喜んだ。心が踊りだす。

「うん、結構うまくいった」

二十点近く上がった割に、いつもと変わらぬ冷静な返事だ。

「絶対いけると思ったんだよね〜。やっぱりそうだったなぁ」

大峨の横で、一人で喜んで納得して盛り上がる。心は駆け足になっていた。

「とにかく、最初の試合でこれだけ出たんだから、練習すればもっと伸びるよ。これからも頑張ろうね」

「うん」

相変わらず薄い反応だが気にならない。

走り出した琉乃の心に、ブレーキはなかった。



















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