アーチェリー物語【親子編】28. 青空


抜けるような秋空を仰ぐ。降り注ぐ陽が、少し暑いくらいだ。

琉乃は会場に到着すると、大きく深呼吸した。

昨日はよく眠れた。気負いはまったくない。

夢の舞台の続き。二度目の全国大会。

大峨は引き締まった表情。緊張しているわけではなく、目標をしっかり見据えている。

得るものはあっても、失うものは何もない。思い切ってやってくれれば、それで十分だ。

「すっごくいいお天気ね〜」

いつもの玲子の声だ。

「うん、気持ちいいね〜」

「さあ、いよいよね! お互い、悔いのないように頑張りましょ!」

「そうね! っていうか、なんか普通のセリフすぎて玲子さんらしくないよ〜」

「あっ、いやー、一本取られたかも〜」

「アハハ、いつもに戻った!」

二人の笑い声が青空に届く。

毎日のような会話と笑い声が、この舞台でも同じように響く。こんな素敵なことはない。

晃史はターゲットパニックを乗り越え、上り調子少し緊張しているようだが、周囲の目を気にすることなく落ち着いている。

その横には大峨。雰囲気は負けていない。

舞台は整った。




「さあ、優勝目指して頑張るぞぉー!」

スポーツドリンクのキャップをギュッと締め、大峨が小さく吠える。

「あまり気負いすぎないようにね。力が入ると良くないから。練習のように……」

「大丈夫!」

大峨が話を途中でさえぎった。琉乃は慌てて手で口をふさぐ。

大峨は成長した。あれこれ言う必要はないのに、つい言いすぎてしまう。自分も成長しなければ。反省だ。

「じゃ、頑張って!」

背中を叩いて送り出す。大峨はゆっくり弓に向かう。

晃史との実力差は、誰よりも大峨自身がわかっている。他に何人も強い選手がいることも。

以前の大峨なら、戦わずして負けていただろう。それ以前に、同じ土俵に上がることもなかった。

でも、今は違う。果敢に臨もうとしている。

青空に映える後姿は頼もしかった。




琉乃はスマホの速報画面をじっと見たまま、石像のように固まっている。

周囲は騒がしい。横では玲子が他の人と談笑している。

「鶴中さん、大峨君すごいですね!」

「あ、ありがとうございます」

あまり喋る機会がないアスリートコースの父親から声をかけられ、我に返った。

「もしもし琉乃さん、ちゃんと息してる?」

玲子が笑いながら声をかける。

フワフワと雲の上を歩いているようだったが、少しずつ地に足がついてきた。

「あー、まだ信じられないけど、息はしてるみたい」

大峨が十八メートルで、まさかの一位。

自己ベストを大幅に更新。天から何か降りてきたのか、はたまた奇跡か……。

大番狂わせが起こった。

「大峨君、ホントにすごかったね。最近の勢いで、晃史といい勝負かなと思ってたけど、やっぱりそうだった!」

「三位なら上出来と思ってたけど、まさか晃史君の上とはねぇ。でもまあ一点差だし、上位は混戦だし、ボーナスみたいなもんかな」

「この勢いなら、ボーナスが二回あるかもよ?!」

玲子が肘で琉乃をツンツンとつつく。

「そうねぇ。ここまで来たら、二回もらっちゃおうかな?」

「そうそう! そう来なきゃ」

大峨と晃史で一位と二位。夢の舞台の続きで、夢のような結果。これだけで十分すぎるボーナス。高望みはしない。

明日は、無事に終わることを願うだけだ。




「ふうーっ」

大峨の開口一番。ため息か深呼吸か、言葉が出ないのか、何かよくわからず。

この結果に一番驚いているのは、誰より大峨かもしれない。

「すごいね、一位。もうー、びっくりしちゃった!」

「うん、すごく調子が良かった。今までで一番良かった」

「一位の感想はどう?」

「まあ、狙ってたからなあ。実力が全部出たって感じかなー」

大峨はニヤリと笑う。

「こらこら、調子に乗るんじゃないぞ。明日は十二メートルだから……」

琉乃は慌てて口をつぐむ。また言いすぎるところだった。

「まあ、とにかく今日はすごく良かった! 明日もその調子でね!」

「うん! よーし、絶対優勝するぞー」

「おー」

大峨と琉乃の振り上げた拳が、青空を突き抜けた。


大峨は口だけでなく本気で優勝を狙っている。

今日の一位という結果より、その気持ち、心意気を思うと目頭が熱くなる。

まだ試合は半分あるけど、もう少し余韻に浸ろう。

琉乃は青空を見上げ、明日の試合に思いを馳せた。


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