アーチェリー物語【親子編】5. 直球
琉乃は時々、仕事帰りにフラワーショップに立ち寄る。
好きな花はモクレン。売っていることは少ないが、白いモクレンがあれば必ず買う。
そして、家で花を生けるのが何よりの楽しみだ。
フラワーショップでは直感で花を選ぶ。そうして選ばれた花を、どのようにアレンジするか。腕の見せ所だ。
以前、生け花を少し習ったことはある。でも、型にとらわれず自分の感性で生けるのが好きだ。
上品な一輪挿しがあれば、派手な花瓶を使ってカラフルに生けることもある。
どのように組み合わせ、いかにアレンジするか。
ちょっとしたことで見え方が大きく変わることもある。花が持つ美しさを最大限に引き出す。
生け花というより、「活け花」のほうが合っているかもしれない。
それは、仕事にも活かされている。
コーディネーターの仕事は設備や素材を組み合わせ、新たなものを創造する。少し大げさだが、そうした心構えで仕事をしてきた。
その結果、お客様から喜びの声をもらうことも多い。
家庭や子育ても同じだ。
あれこれ組み合わせるわけではないが、親は子どもの進む道に大きな影響を与える。
子どもの進む道を示し、可能性を最大限に引き出す。道を踏み外さないように、時には正すことも必要だ。
琉乃に似て活発で明るい性格の長男は、理想の道を歩んでいる。
次男は少し前まで、進むべき道が見えなかった。しかし、アーチェリーと出会って、少しずつ道が見えてきた。
アーチェリーと出会ったのは偶然に見える。しかし、琉乃は偶然ではなく必然と感じていた。
アシストカップは6メートル。目の前に的があり、目をつぶっても当たりそうな近さだった。
それが今は倍の12メートル。しっかり狙わないと的から外れる。
大峨は順調に上達していた。しかし、特別上手いわけではない。週1回の趣味コースの小学生の平均的な伸び方だ。
平均的……。
決して悪いことではない。アーチェリーを頑張っているのも確かだ。
打ち込めるものがあるのは大きい。しかし、琉乃は物足りなさを感じていた。
もう甲西アーチェリー場に行くのが特別ではない。すでに日常生活の一部だ。
いつもの道を車で走り、いつもの場所に車を停める。そして、いつものように3階まで進む。
しかし、この日はいつもと違う光景が目に入った。入口に6人の名前が大きく掲げられていたのだ。
上には「全日本小中学生アーチェリー選手権出場」とある。
「えっ、6人も?」
少し上ずった琉乃の声に、大峨は無言。
何人かは出場できると聞いていたが、まさかの数だ。二人でしばらく横断幕を見つめていた。
「先生、6人も全国に行くんですね!」
大峨が自分の弓を組み立てている間に聞いた。
「はい、予想より多かったですね」
「どれくらいの出場者なんですか?」
「小学生は男女合わせて28人です。そのうちの6人が当クラブです」
「ふひぃ〜!」
自分でも何と言ったかわからない。頭にカミナリが落ちたような衝撃だった……。
琉乃の瞳はレッスンの様子を捉えている。でも、ただ映像を見ているだけ。
頭の中では、全国大会が駆け巡っていた。
全国大会に出場できる小学生は、わずか28人。そのうちの6人がアシストアーチェリー。
信じられないくらいの割合だ。しかも、甲西アーチェリー場ができてから2年しか経っていないという。
普通なら、1人の出場でもすごいのに。
小学生に関しては、間違いなく日本一のクラブだろう。ということは、先生も日本一だ。
そこに自分と大峨がいる。数メートル先に日本一の先生がいて、息子がレッスンを受けている。
これは奇跡ではないだろうか?
今さらながら、クラブと先生の凄さに打ちのめされた。
そうなると、宝くじが当たったような超ラッキーな立場を生かさない手はない。
「先生、大峨ですけど、今からアスリートコースに入ったら、来年は全国に行けますか?」
なんと都合の良い質問だ。わかっていたが、ズバリ聞かずにいられなかった。
大峨は少し離れて自分の弓を片付けている。
「可能性は十分ありますね。もう趣味コースで4ヶ月くらいやっていますので、1年あれば」
「そうですか! どれくらいの頻度でレッスンを受けたらいいでしょう?」
「目安としては、毎日とまでは言いませんが、週の半分以上はレッスン、その後の練習が必要でしょう。学校が終わったら射場、たまに休み、みたいな感覚になると思います」
「わっかりましたっ!」
アスリートコースの保護者とは時々話をしていたので、どれくらいやっているのかは知っていた。自分がその立場になるつもりもしていた。
そして、いよいよ現実になる瞬間が一気に近づいてきた。
「ねえ大峨、アスリートコースで本格的にやってみる気はない?」
二人で横断幕を眺めながら、大峨に直球を投げた。
「アスリートかあ。アスリートなあ……」
直球を受けるのか打ち返すのか、直球すぎたのかわからない。
「さっき先生にチラッと聞いたんだけど、今から頑張れば来年の全国大会に行けるかもって。ここに名前が載るかもよ!」
「おー」
「ここは日本一のアーチェリークラブで、日本一の先生よ。可能性は十分あるから一緒に頑張ってみない?」
「大峨なら行けるよ」と言いかけたので、あわててブレーキをかけた。
「そうだなあ……」
「アスリートでやるって方向で考えてみたら? いま決めなくてもいいから」
「うん、考える」
言いすぎたら良くないが、言わないのも良くない。正しい道を示し、可能性を引き出すのが親の役目。
もう進むべき道が見え、可能性が姿を現しかけている。
今までは夢にも出てこなかった全国大会に届くかもしれない。琉乃は興奮を抑えながら、その場を後にした。
エレベーターの前で待っていると、エスカレーターから早足で親子が射場に駆け込んで行く。
その姿からアスリートコースなのはすぐわかった。
「おおー、すげー!」
子どもは横断幕を見ると、歓声を上げて飛び上がった。出場する一人だろう。親も嬉しそうだ。
その姿を目に焼き付け、1年後の自分と大峨を重ね合わせていた。