アーチェリー物語【親子編】19. バランス
「今日のアスリートコース全員の晩ごはんのおかずは、大峨君がゲットしまーす!」
的を全員がダッシュで見に行く。いろんな魚の手書きイラストが貼ってある。
「せんせー、なんでアジの開きが泳いでるんですか〜?」
「アジの開きは開いたまま泳いでるんやで! 学校で習わんかった?」
親も入って、ワイワイガヤガヤと楽しそう。とてもレッスンとは思えない。
「では、大峨君に釣ってもらいましょう! 今日の一本釣りです!」
キョトンとした顔の大峨が弓を構える。周りはニコニコしながら見ている。
大峨が一本射って弓を置くと、皆で的までダッシュ!
「さあ、今日の一本釣りは、おーっ、なんとアジの開きをゲットしましたー」
歓声と拍手が沸き起こる。
「じゃあ、これから大峨君とアジの開きを本当に釣りに行くから、帰るまで自主練しといてー」
キョトンとしたままの大峨を引き連れて、先生が走って出ていった。残った皆もキョトンとした顔。
しばらくすると、二人が戻ってきた。
「お待たせしました。アジの開きを釣ってきましたー!」
十パック以上のアジの開きがテーブルに並べられた。歓声と拍手で盛り上がる。
「全員のご家族の分があると思います。持って帰ってください。はい、アジの開きを釣った大峨君に拍手!」
こうして、ようやくレッスンが始まった。
この日のレッスンは、最後までいつもと違った。もちろん良い意味で。
「昨日のレッスンは、びっくりしましたよ」
「サプライズってことで、誰にも言ってなかったんですよ。すみません!」
いつもより先生の表情は少し明るい。
「いえいえ、良い気分転換になったみたいです。晩ごはんのおかずも助かりましたし!」
「ハハハ、それは良かったです。調子が上がらないときは、気分転換や何かの刺激が有効です。大峨君は気分転換も刺激も必要だったので、全員を巻き込んでやってみました」
「ありがとうございます。これで調子が戻ればいいんですけど……」
「あとは、アーチェリーの楽しさを思い出してほしかったのもあります。全国に向けて、どうしても点数を意識します。仕方ないことですが、それで調子を崩すことも多いので」
「楽しさ、確かにそうですよね」
「誰もが最初は楽しいところからスタートします。でも、レベルが上がると楽しさが薄れて、いつの間にか点数ばかり気にするようになります」
普段は寡黙な神だが、さらに続けた。
「誰でも調子の良い時、悪い時の波はあります。その波は突然襲ってきます。息苦しく、どうしようもなく、頑張っても上がってこられない時もあります」
「今の大峨ですね……」
「そんな時はふてくされずに、弓に真摯に向き合うことです。調子が悪い時は、地道に練習を積み重ねることが大切ですので」
「はい」
「あとは、逃げてもいいけど、戻ってくることです。その間は気分転換になります。大峨君は逃げなかったので、気分転換も兼ねてレッスンや練習の楽しさを思い出してもらいたかったんです」
「いろいろとお気遣い、ありがとうございます」
「もう悪くなることはないでしょうし、もう少し日もあるので焦らず進めます」
「わかりました。では今日もよろしくお願いします! あ、さすがに一本釣りはないですよね?」
「ハハハ、お金もかかるので、しばらくないですー」
琉乃の気持ちは、少し軽くなった。
レッスン後の練習。
今日は、玲子とは少し離れて座っている。少しピリピリした雰囲気だったので、距離を置いた。
玲子の眼差しは、息子の晃史を捉えている。少し厳しい視線だ。
晃史の調子は悪くない。全国優勝に向けて、順調に進んでいるように見える。
休憩時、親子で会話を交わす。声は聞こえないが、晃史は神妙な顔つき。その様子を客観的に見て、違和感を覚えた。
昨日の一本釣り、今日の先生の話で、楽しさを再確認した。
一方、今日の澤嶋親子は、楽しさとは逆の厳しさを感じる。
全国優勝を目指すには、厳しさは必要だろう。親が引っ張ることも必要。ただ、それを行き過ぎて、やらされている感じがした。
その姿は、少し前の琉乃そのものだ。反省と後悔で胸が痛む。
澤嶋親子は、その厳しさが合っているかもしれない。
でも、琉乃と大峨には合ってなかった。
楽しさと厳しさ。対象的な方向性。
どちらか選ぶものではない。バランスが大切だ。
今までは、そのバランスが狂っていた。
これからは、楽しさの中に厳しさを少しだけ入れていこう。
琉乃は、大峨とバランスの取れた親子関係を築くことを誓った。