アーチェリー物語【親子編】25. 自然
「こないだの全日は日本一を決める大会で、GAカップはゴールデンエイジカップのことで、有望な選手を排出するのが目的です。小中学生とも、上位三人が全国強化選手に指定されます」
「強化選手かぁ」
大峨が話に割って入る。
「そう。強化選手はナショナルチームの合宿に行けるとかのメリットがある。だから、全日と同等か、それ以上の価値がある大会ですね!」
「実際のところ、どうでしょう?」
「全日の小学生は十八メートルと三十メートルの二部門あって、優勝者はトーナメントで勝った二名です。GAカップは十八・十二メートルの一部門で二日間の合計です。短期決戦じゃなく実力勝負ですね」
神は静かに続けた。
「小学生の優勝者は男女一名ずつですが、三位までが強化選手ですので、ほんの少し裾野が広がったといえるかもしれません」
「お~!」
大峨の表情が輝きを増す。
「ただ、現実は簡単ではありません。まず、全日の三十メートルで圧勝した晃史君は、頭一つ飛び抜けています。十八メートルで優勝した選手も強いです。その次が混戦という感じですね」
「この、やる気スイッチが入りまくった大峨はどうでしょう?」
琉乃がズバリ聞く。
「最近は調子が上がっていますので、この調子で行けば可能性はありますね!」
「おおー、優勝かあ!」
大峨の表情が一段と輝く。
「ちょっとちょっと、そこのア・ナ・タ! 先生の話聞いてた? 優勝じゃなくって、頑張れば三位に入れる可能性が少しはあるってだけよ?」
琉乃は呆れたポーズを作った。
「そもそも、今回は特例のおかげでラッキーだからね。本当だったら出れなかったかもしれないんだから。わかってる? 調子に乗る前に、もっと頑張らないと!」
「わかってるって! それでも優勝目指して練習、練習。練習いってきま~す!」
上機嫌な大峨は練習エリアに向かった。
「大峨君、成長しましたね。一皮むけたというか、殻を破ったというか」
「はい、アーチェリーのおかげです。全日を経験したのも大きいと思います」
「親子関係も以前とは全然違いますね。すごく自然に感じます。今だから言えますが、一時はどうなることかと思いましたよ」
神はニヤリと笑った。
「アハハ、その節はご心配をおかけしました。でも、あの事件があったからこそ今があると思っています」
「必要なことだったのかもしれませんね」
練習を始めた大峨を、二人で温かく見守った。
買ってきた花を生けようと思ったら、家の電話が鳴った。
とりあえず花瓶にガサッと入れ、電話に出る。
電話を切って花瓶を見ると、琉乃は思わずハッとした。
適当に花瓶に入れた数本の花が、映えている。とても自然な咲き方。
琉乃は、イメージ通りに花をアレンジするのが好きだ。
それぞれの花が素敵に見え、全体が映えるように生ける。できるだけ華やかに。
花瓶の花は、それとは違う。とても自然だ。
自然に咲いている花が、そのまま花瓶で再現されたよう。
その美しさに、しばし心を奪われた。
ふとテーブルの上に目をやると、数日前に生けた花がある。
テーブルが華やかになり、とても良い感じ。ただ、自然とは違う。どちらかといえば人工的。
対象的な生け方だ。
しばらく見比べる。自然と人工。正反対。
そのまま少し考える……。
今の大峨との親子関係は自然だ。しかし、以前はどうか。
悪くはなく人工的でもないが、自然じゃなかった気がする。
イメージ通りに、大峨をアレンジしようとしていたのかもしれない。
大峨がアーチェリーを始めてから、いや、始める前から、そういう意識があったと思う。
その意識が次第に大きくなり、いつの間にか大峨の負担に……。
自然に咲く花を見ながら、後悔の念が湧き出す。
そして、反省の嵐が琉乃に襲いかかろうとする。
「ただいまー」
嵐に襲われる前に、天使に救われた。
「おかえり。ねえねえ、このお花どう思う?」
「どうって? いつものような花に見えるけど……」
大峨は不思議そうな顔をする。
「いつもより自然に見えない? テーブルのお花より素敵に見えないっ?」
「うーん、花瓶に生けてある時点で自然じゃないからなあ」
「あっそ。アナタに聞いたのが間違いだったわ。フンッ!」
琉乃は頭から角を生やす。
「ふーん、そんなことより今日も練習、頑張ろっと!」
何事もなかったように自分の部屋に向かう。
マイペースな大峨の後ろ姿を見て、琉乃は自然な笑顔になっていた。