アーチェリー物語【親子編】14. 光と影
初夏の爽やかな風が心地よく吹き抜ける。
新緑の芝生の上には、鮮やかな配色の円が現代アートのように並んでいる。
舞台は整った。あとは、これまでの練習の成果を発揮するだけだ。
琉乃の目線は、狩りをする鷹のように鋭く円の中心を射抜いている。
「もしもし琉乃さん。ちょっと顔が怖いんですけど」
笑いながら、澤嶋玲子がからかう。
「あーやだ。ついつい……」
両頬をパンパンと叩きながら、少し赤くなる。
「気持ちはわかるけど、親の出番はここまでよ。あとは後ろで見守るだけ!」
玲子に引きずられるように、椅子に座った。
全国大会の切符を確実に手にするには、自己ベストを十点以上更新する必要がある。できれば十五点以上ほしい。
三十六射の申請なので、チャンスは残り二回。泣いても笑っても今日で決まる。
これまでの努力が試される。気持ちが高ぶらないわけがない。
しかし、玲子が言うように見守るしかない。
祈りながら静かに試合開始を待つ……。
「大峨君、今日は点数出る気がするなあ」
一斉に射っている姿を後ろで見ながら、玲子がつぶやく。
「そうなるのを願うけど……」
「始まる前、普段と変わらなかったじゃない? それってすごく大事だと思うの。緊張してる子は見ればわかるし、結果は良くなかったことが多かったから」
「なるほどね〜」
「フォームやタイミングも普段と変わらない。無駄な力も入ってなさそうだし、いい感じじゃないかな!」
「そう言われると、点数出る気がしてきたっ!」
会話は一旦、そこで終わる。琉乃は「晃史君は……」と続けたかったが、何も言えなかった。
大峨と晃史が並んでレッスンを受け、一緒に練習することも多い。その姿を後ろで見るのは日常だ。
しかし、晃史のことは見てなかった。視界には入っているが、ぼんやりと見ているだけだった。
上手いのはわかるし、キレイなフォーム。それが目に映っているだけ……。
別に悪いことではないだろう。でも、玲子との視野の違いを思い知って、急に恥ずかしくなった。
ただ、玲子とはキャリアと立場も状況も違う。モヤモヤした気持ちだが、今はそれどころじゃない。
無理やり自分に、そう言い聞かせた。
「晃史君、どうだった?」
大峨の点数を確認して、すかさず玲子に聞いた。聞かれる前に言おうと思っていたのだ。
「自己ベスト五点更新! 大峨君は?」
「十三点更新!」
「おおー、やったね! 思った通り。良かった!」
自分の息子のように喜んでくれる。
「晃史君も、そのレベルで五点更新はすごいね!」
玲子に合わせるように喜ぶ。
本当は飛び上がって喜びたい点数。でも、心のモヤモヤで飛び上がれなかった。
澤嶋親子はライバルであり、友人でもある。大切な存在なのに、今まで自分の息子しか見えてなかった。
こんなタイミングで気づかなくてもいいのに。引っかからなくてもいいのに……。
なぜか時計の針は早く進む。すぐに後半がスタートした。
後ろで観戦しながら、玲子との会話は普段通り。
見た目は何も変わらない。心がモヤモヤなだけ。
「今日は二人とも調子がいいですね!」
神の声が聞こえた。
今日は初心者記録会なので、先生はコーチに専念している。少しの会話だったが、なぜかモヤモヤが半減した。まさに神の声だった。
先生は、矢取りから戻った大峨に一声かけた。レッスンと同じような状況が、プラスに作用しているようだ。
これが神の手かもしれない。
ポンポンと弦の弾ける乾いた音が、心地よく聞こえてきた。
「晃史君、どうだった?」
飛び上がりそうになる喜びを抑えながら、真っ先に玲子に聞いた。
「自己ベスト一点更新。それより大峨君、すごいじゃない!」
「ありがと。もうー、なんか頭がいっぱいいっぱいで、なんていうかね〜」
「ハハハ、なにそれー」
「とにかく、ホッとしたって感じかなあ」
前半より八点良い点数。今日は自己ベストを二十一点も更新した。
最後の試合でついに!
全国大会出場の目安は十点更新。できれば十五点だったので、出場は濃厚だ。
今までの努力が報われた瞬間。この日を待っていた。ただ、手放しで喜べない。
思いがけず自分の視野の狭さを知った。そのモヤモヤは残っている。もっと周りを見て、息子以外にも気を配らねば。
グッと気を引き締める。
良い点数が出たという光。視野の狭さを知ったという影。
影は悪いことでなく、今後の課題だ。
この日に引っかかったのは、何かの意味があるのだ。プラスに捉えよう。
光と影の充実した一日。
琉乃は雲ひとつない青空を見上げ、目標に向かって伸びる飛行機雲を思い描いた。
14. 光と影