アーチェリー物語【親子編】3. 期待


低い雲間に一筋の光の帯が、遠くの山並みを照らしている。

琉乃は朝の目覚めは良い。窓から見える行き交う人に、あいさつしたい気分だ。

「アレクサ、音楽かけて」

ポップなメロディが部屋を駆け巡り、琉乃の心を彩る。

あの日から、家族の生活は少し変わった。

びわホームは土日が特に忙しい。

琉乃も土日は出勤日だが、レッスンの送迎ができるよう配慮してもらった。平日の夕方、少し早く退社するのも可能だ。

びわホームの社長や役員は、従業員のことを「社員さん」と呼ぶ。社員あっての会社という意識の表れだ。

それは呼び方だけでなく、会社全体に浸透している。その結果、地元では圧倒的な業績を誇るハウスメーカーとなった。お客様からの信頼も厚い。

だからといって、社員に甘いわけではない。社員が好き勝手やっているわけでもない。そういう社風だからこそ、社員は会社のために頑張るのだ。

琉乃は、その職場で十年以上働いている。

お客様の話をしっかり聞き、お客様を第一に考えた提案をする。

思いやりの気持ちを忘れない。損得勘定ではなく、正しいかどうかで物事を判断する。こういった意識が体に染み付いていた。

日常生活や家庭でも同じだ。

言うまでもなく、息子のことを一番に考えている。息子の気持ちを尊重し、応援する。そういう心構えで子育てをしてきた。

次男の大峨に習いごとを勧めたこともあったが、乗り気じゃなかったので見送った。無理強いするわけにはいかない。

その時は少し残念だったが、思いがけない形で実現することになった。




本レッスンの初日。

やることは体験レッスンと特に変わらない。でも、アシストカップという明確な目標がある。大峨は、やる気十分という雰囲気だ。

この日のレッスンは、大人二人と一緒だった。

大人と一緒は初めてなので心配だったが、そこは子どもならでは。周りが誰であろうと気にしていないようだ。

時々、軽く会話もしている。同じ立場の大人との交流は、良い経験になるだろう。


アシストカップが近いので、三日後に二回目のレッスン。

この日は小学六年生の男の子と一緒だった。彼は一学年上だが仲良くやっている。途中から二人でスコアシートの記入の練習をしていた。この子もアシストカップに出るのだろう。

レッスンが終わって、先生と話ができた。

「大峨君はスジが良いですね。順調に上達しています。あと一回レッスンがあるので、アシストカップも問題ありません」

「良かったです。運動が得意じゃないので、最初は少し不安でした」

「実は僕も運動はできないほうです。というより、アーチェリー以外のスポーツは人並み以下です。中学は卓球部で三年間頑張りましたが、試合で勝ったのは一回だけですし」

「えー、そうなんですか?!」

「高校でアーチェリー部に入って、一年の秋くらいから一気に伸びた感じですね。二年で全国強化指定選手にも選ばれました」

「へー、なんか一発逆転人生みたいですごいですねー」

トンネルの奥に見えた小さな光が、一気に大きくなった気がした。

体験で「スジが良い」と言われ、また同じことを言われた。お世辞が含まれているとしても、アーチェリーに向いているのは間違いなさそうだ。

それだけでも嬉しいのに、先生も運動が苦手だったとは。

琉乃はスポーツ万能タイプだが、特出したものはない。走っても泳いでも、跳んでも投げても人よりできたが、せいぜいクラスで上位に入る程度だ。

それとは違い、先生は一種目だけ飛び抜けている。平均点が少し良いより、そのほうが魅力的だ。

大峨もそうなる可能性がある。思わず顔がにやけそうになった。




次のレッスンも、たまたま前回と同じ六年生と一緒だった。

二人とも六メートル先の的を射っている。キャリアは六年生が少し長いのに、大峨のほうが真ん中に当たっているように見える。

やはり上達が早いのかもしれない。琉乃の気持ちは一段と高ぶった。

本人たちは当たり具合を気にしていないのか、和やかな雰囲気でレッスンは終わった。これから良い友達になるだろう。

「今日はどうだった?」

毎回、レッスンが終わっての第一声。この日は少し高い声になっていた。

「そこそこいい感じだった」

「あの子より真ん中に当たってたんじゃない?」

「うーん、当たってたのかなあ」

「当たってたよ! 優勝、狙えるんじゃない?」

つい口走ってしまった。プレッシャーをかけるのは良くない。でも、勢いで言葉に出た。

言った瞬間にギュッと片目をつぶった。

「どーかなぁ、優勝」

大峨は少し首を傾げてニコっと笑った。優勝と言われて、まんざらでもないようだ。

琉乃はホッとして、同時に優勝への期待が膨らんできた。

大峨がスポーツで優勝なんて、今まで考えたこともない。

「今日はケーキでも買って帰ろっか」

帰り道は、レッドカーペットが敷かれているようだった。

























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