アーチェリー物語【親子編】16. 模索
天気予報では、今年の梅雨入りは遅いらしい。
レッスンは2日続けて休んだが、今は元の生活に戻っている。
日常生活、仕事、家庭、レッスン、練習。見た目は以前と変わらない。大峨も元気だ。
あの日の翌日、道具を乱暴に扱ったことは注意した。どんな理由があっても、物に当たってはいけない。
大峨は反省して謝った。これは解決。
問題は、そうなった原因だ。
何度か聞いたが、あいまいな答えしか返ってこない。
最後は「もう大丈夫」と言い切った。
その大丈夫は、大丈夫じゃないのは明らか。でも、本人がそう言うので、それ以上は聞けない。
ある程度、気持ちが出せたのか、大峨の表情は戻った。
しかし、解決したわけではない。
そうなった原因もわからない。
はっきりしているのは、原因は自分にあるということ。そこは目をそらしてはいけない。
言いすぎたのかもしれない。点数を気にしすぎたのかもしれない。プレッシャーをかけていたのかもしれない。
それら全部かもしれない。
時間がかかっても根本から見直そう。もう同じことを繰り返してはいけない。
琉乃は自問自答を繰り返していた。
「あれから大峨君、どう?」
玲子の心配そうな第一声。あの日の出来事と経過は、すべて話してあった。
「今は普段どおり。でも、そうなった原因がはっきりわからないから、まだ解決してない……」
「あの大峨君が、それだけの感情をぶつけたんだから、一つや二つじゃないのかも」
「アーチェリーが好きなのは間違いないし、今回もレッスンに行くって言ったのは大峨だし。やっぱり私に原因があるのよね」
琉乃は天井を見上げて続けた。
「思い返せば、あれこれ言い過ぎたことが何度かあって、それは大峨の反応でわかったんだけど、そういった積み重ねなのかなあ……」
「そうかもね。はっきりわからないってことは、うーん、やっぱり積み重ねかなあ」
玲子が首をひねりながら、言葉をひねり出す。
「そうね。大峨のためと思って言ったことでも、そうじゃなかったのかも。もう少し考えてみるわ……」
玲子と話すと少し気が楽になる。やはり大切な存在だ。
感謝しかない。
レッスンが終わり、大峨と晃史は並んで練習している。
晃史は調子が良さそう。テンポ良く射ち、的の黄色周辺に集まっている。
大峨は調子が悪い。射ったあと、時々首を傾げている。当たりはバラバラ。
まるで1年前にタイムスリップしたようだ。
続けて休んだのは2日だし、体力や技術が原因ではない。いつものようにレッスンを受け、練習している。
そうなると、メンタルしかない。
アーチェリーはメンタルが重要なスポーツ。少しの気持ちの乱れが、結果に大きく影響することもある。
大きな問題や不安を抱えていると……。
大峨は矢取りから戻ると、ベンチに腰掛けた。
フーッと静かに深呼吸し、そのまま固まっている。
前を見ているが、何を見ているのかわからない。おそらく目の焦点は合っていないだろう。
小さな背中が、さらに小さく見える。
琉乃は、その姿を斜め後ろから見ている。
こんな時は、親として支えなければならない。しかし、何と言えばいいのだろう。
頑張れと励ます。どうでもいい話をする。笑わせる。何か食べる。買い物に行く。
さっさと練習を切り上げて、帰るのもいいだろう。
どうするべきなのか? 余計なことを言うと逆効果になりかねない。
頭が全然回らない。体も動かない。
誰かに助けを求めたい。でも、玲子は買い物に行った。
何をどうすればいいかわからない。
結局、何もできないまま時間が過ぎた。
大峨は、何事もなかったように練習を再開。
琉乃が来るのを待っていたわけではないだろう。でも、何もできなかった。自己嫌悪に陥る。
同時に、練習に戻ったのでホッとした。
何も言わずに見守るのが正解だったと、無理やり納得する。
大峨の当たり方は相変わらず悪い。何とかしようと模索している。
琉乃は暗中模索。出口を求めて、暗いトンネルの中をさまよっている。
親子揃って模索。
琉乃は、もう悪くはならないと自分に言い聞かせ、小さな光を思い描いていた。
16. 模索