アーチェリー物語【親子編】9. 兄弟


「このラケット、ちょっと高いけど、軽くてフェイスが広めでカッコいい。俺に合うと思うんだけど、どうかな?」

「前に買ったのは合わないの?」

「悪くないんだけど、こっちのほうが良さそうだから試してみたいと思って」

「じゃあ、それでいいよ。ラケットは命だからね」

琉乃はパンフレットをチラッと見ただけで決めた。

長男は中学一年。小学四年からテニスを始めた。

琉乃に似て活発でスポーツ万能タイプなこともあり、小学生の全国大会にも出場した。中学校のテニス部では、一年生にしてエース的存在。全国での活躍も期待されている。

そんな長男を、琉乃はいつも頼もしく思っていた。

金に糸目をつけないほどではないが、必要な道具はすべて買ってきた。中学生でラケットにこだわるのは早いかもしれない。しかし、そんなことは百も承知だ。


びわホームの大工さんと話をしていると、道具の重要性がよくわかる。社員さんでも作業をすることがあり、自前の道具を揃えている人も多い。

先日、「このドライバー、五千円したけど、めっちゃ便利なんだよ」と、アフターサービスの社員さんが見せてくれた。

パッと見は普通のプラスドライバーだ。しかし、持ち手のボタンを押すと先が回転。超小型の電動ドライバーだったので驚きだ。

ラケットは、そこまでの違いはない。むしろ違いがわからないかもしれない。

でも、高い物には高いなりの理由があるはず。だから、買うだけの価値があると確信していた。

それで長男が、さらに活躍することも。




甲西アーチェリー場の一角には、アーチェリーショップがある。レッスンに行くと、代表の神が新しいハンドルを展示していた。

「へぇー、このハンドル、カッコいいですね」

艶のある鮮やかなホワイト。形もスタイリッシュ。琉乃は一目惚れした。

「こないだ買い取った中古品ですけど、最近のモデルで状態は良いですね。ホワイトのハンドルは意外と少ないですし、掘り出し物です」

ますます気に入った。

「これを大峨が使うとしたら、どうでしょう?」

「カーボン製で軽いので、小学生でも使えるモデルです。ただ、今の実力でハンドルを変えても、点数が上がるわけではないですけど」

「そりゃそうですよね〜」

「はい。小学生は道具より、まずフォームですから。フォームが安定して初めて、良い道具が生かされます。だから、今の大峨君には早いです。ただ……」

神はニコっと笑って続けた。

「気に入った道具を使うとモチベーションが上がります。結果、良い点数につながることもあります。実際に、新しい道具を使ってすぐに自己ベストを出す人も多いですし」

「なるほど〜」

「だから、そういった意味で、気に入った道具に買い換えるのは、ありかもですね」

「わかりました。では今日もレッスンお願いします!」

今のハンドルは、ペンキをベッタリ塗ったような仕上がりで、見るからに安物だ。安物が悪いわけではない。大峨の実力に合った道具だ。

それで全国大会に行った小学生もいるわけで、性能が劣るわけでもない。

しかし、琉乃はハウスメーカーのコーディネーターをしていることもあり、デザインや見た目には気を遣う。

また、長男のラケット同様、高いなりの価値があるはず。少なくとも悪くなることはない。

後ろでレッスンを見守りながら、頭はホワイトのハンドルで一杯だった。

澤嶋親子の息子、晃史のハンドルはブラックだ。白と黒。正反対の色だ。めぐり合わせも気に入った。

ハンドルは前から気になっていた。新品を買うと、輸入で二ヶ月以上かかる。時間的に諦めていた魅力的なハンドルが、すぐ目の前にある。

大峨の持つハンドルは、いつの間にか頭の中で鮮やかなホワイトに変わっていた。




「ねえ大峨、このホワイトのハンドル、どう?」

レッスンの感想も聞かずに切り出した。

「どうって、どう?」

キョトンとした顔で切り返す。

「もし気に入ったなら買ってあげるよ。どう?」

「うーん、まあカッコいいけど、別に今のも悪くないし……」

「カッコいいハンドルのほうが、やる気も出るよ! 買ってあげるから、明日からこれに変えたらどう!?」

「んー、そうだなあ」

「これしかないから、いま決めないと売れちゃうよ」

「でも、宝の持ち腐れにならないかなあ」

小難しく、もっともらしいことを言うものだ。

「大丈夫だって。これにすると、もっと良くなる予感がするから。お母さんの言うことに間違いないって!」

「じゃあ、これにしようかな」

少し強引だったが、これも大峨のためだ。実際に使ってみたら、買って良かったと思うだろう。

琉乃は口先だけでなく、買うだけの価値があると確信していた。

それで大峨が活躍することも。


兄弟そろって、同じタイミングで新しい道具を手にした。いずれも買う予定はなかった。こんな偶然があるだろうか?

長男は前から考えていたのだろう。しかし、大峨は違う。この流れは偶然ではなく必然だ。

大きく遅れを取っていた弟が、少しずつ兄に近づく。

競技は違えど、それぞれ大きな大会を目指している。そのための道具もそろった。しっかり練習もしている。

二人の親として、これほど嬉しいことはない。

琉乃は、頭のスクリーンに映る兄の姿に、弟を重ね合わせていた。


















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