アーチェリー物語【親子編】6. 心の炎
「良い意味で期待を裏切られました。へ〜、こんな組み合わせがあるんですね」
少しだけ予算をオーバーしたが、このお客様なら喜んでもらえるはず。そう思っていたが、多少の不安もあった。
でも、間違ってなかった。
ドキドキした分、喜びはいつもより落ち着いている。
新たな引き出しを得たのは、大きな自信になった。
少し前から、家族の生活は少し変わった。
大峨がアスリートコースに入ったので、甲西アーチェリー場に行く回数が増えた。
平日は週に2、3回、学校が終わってから行く。土日は仕事の都合と相談し、できるだけ行く。
そんな生活パターンにも慣れてきた。
大峨は、最初はスローペースでやりたかったようだ。でも、今は調子よくやっている。
やはり、眠っている可能性を引き出すのは親の役割だ。少々無理をしても、背中を押すときもある。
息子のためならば、悪役にもなろう。別に悪役になったわけではないが、アスリートコースに入れて正解だった。
その自信は仕事にも役立っている。
今回のお客様への提案は、今までの琉乃なら使わなかったプランだ。しかし、お客様の笑顔のために、思い切って提案した。
仕事と家庭の両立。家庭と仕事の相乗効果。
点と点がつながり線になる。いくつかの線がつながって面になるように。
すべて思い通りに進んでいた。
「こんにちは。今日もよろしくねぇ」
明るい声で、澤嶋玲子(さわしま れいこ)が琉乃に声をかけた。知り合って1ヶ月足らずだが、すっかり仲良くなった。
息子の晃史(こうし)は大峨と同じ小学5年生。
タイプも大峨に近く、おとなしい感じ。口数が少ないのも似ている。
ただ、同じアスリートコースでもキャリアが違う。
晃史は全国大会に出場した一人。すでに2年近くの経験がある。
来年の全国大会は優勝が狙える実力者だ。
レッスンが同じだと、二人は仲良くやっている。
しかし、大峨は15メートルなので実力差は歴然。二人が並んで射つと、素人でも格の違いがわかる。
違いはもうひとつある。道具だ。リムはレンタルなので同じブランドだが、その他は違う。
大峨のハンドルは見るからに安物。晃史はマットブラックのハンドルで高級感がある。
弓に付ける道具類、矢を入れるクィーバーも違った。全国大会出場者にふさわしい道具を使っている。
大峨には早いとわかっていながら、琉乃は道具の違いが気になっていた。
「鶴中さん、次のレッスンはいつだっけ?」
「えーっと、明後日かな」
玲子の何気ない一言から話が弾む。
アーチェリーの実力以外、子ども同士は似ているところがある。同じくらい親も何かと似ていた。
明るく活発な性格。仕事熱心。年齢も近い。花が好き。
あとは、しゃべり出すと止まらない。別に似なくても良いところまで似ていた。
ただ、アーチェリーの取り組み方は少し違った。
琉乃は、アスリートコースに入れるため大峨の背中を押した。
玲子は、それ以上に積極的だ。子どもをグイグイ引っ張っていくタイプ。
嫌がっているのをやらせるわけではなく、うまく流れに乗せる。さらにロープで引っ張っている感じだ。
そのやり方は、全国大会出場という結果になって表れている。やはり上に行くには、それくらいのパワーが必要なのかもしれない。
会話を重ねるごとに、澤嶋親子の存在が大きくなっていた。
「大峨くん、フォームがキレイね」
玲子がうなづきながら言う。
「えー、そうかなあ。晃史くんと比べたら全然だけど、どうなんだろう」
「うちの子が半年くらいのとき、もっと乱雑だった気がするなあ」
玲子は天井を見て、回想にふけっている。
「そうなんだ」
「それよりね、ちょっと前に1年以上趣味コースでやっている子と一緒で、その子のフォームがメチャクチャ乱暴だったのよ。だから、大峨くんのほうが上手いって!」
「趣味コースは、また違うのかもね」
「まあそうかも。アスリートで先生のレッスンを受けたら、みんなキレイなフォームになるだろうからね」
「ハハハ、確かにそうね」
玲子は、お世辞を言うタイプではない。お世辞を言う必要もない。経験の割にフォームがキレイというのは本音だろう。
お世辞でも嬉しい。お世辞じゃないので、さらに嬉しい。
ライバルから言われたので、なおさら嬉しい。
ライバル……。
いつの間にか、澤嶋親子をライバルと思っていた。ただ、玲子からすれば、「はあ?」と言われるくらいの実力差。
そんなことは、十分にわかっている。
琉乃は人生の経験から、目標が高ければ高いほど伸び方が違うことを知っていた。
低い目標なら、低いなりしか伸びない。しかし高い目標なら、それに向かってどんどん伸びるのだ。
だから、似たような実力の子がライバルなら、どんぐりの背比べ程度になる。
高いレベルにいる澤嶋親子がライバルなら、それに向かってグイグイ伸びるのだ。
大峨の目標が晃史ではない。琉乃のライバルが玲子でもない。
鶴中親子のライバルであり、高い目標が澤嶋親子なのだ。
大峨は来年の全国大会出場を目指している。
今は「はあ?」と言われる程度の存在でも、半年後にはライバルに近い存在になるはず。
琉乃の心の炎が、メラメラと燃え盛ってきた。