アーチェリー物語【親子編】11. 七分咲き
通り道で目にする満開の桜。
4月からアウトドアシーズンが始まる。春休みは4月からの試合に向けて追い込み、仕上げる絶好の期間だ。
琉乃は仕事を調整し、時間の許す限り甲西アーチェリー場に通った。
時には射場まで送って仕事に戻り、数時間後、迎えに行くこともあった。
射場に行けない日は家で近射。やるべきことは、しっかりやったはず。
しかし、それらの成果は微妙……。
思ったより伸びない。調子が上がらない状態だ。
「子どもは大人より、あらゆる面で不安定です」
悩んでいる時は、神先生の声が神の声に聞こえる。
「大人でも練習の割に調子が上がらなかったり、練習していないのに自己ベストを更新したり、そんなことはよくあります。子どもはなおさらですので、あまり気にしないでください」
「はい、わかりました」
「冬の間はしっかり練習できたので、きっと試合で花が咲きますよ!」
大峨が練習に乗り気じゃない時もあった。
それでも練習はしていた。やはり、その積み重ねが大切なのだ。
「きっと試合で花が咲きますよ」
満開の桜を見ながら、琉乃は先生の言葉を噛み締めていた。
「晃史君、どうだった?」
最近は、琉乃から玲子に声をかけることもある。
「自己ベストに届かず。ミスが何本かあったから、後半は少し期待できそうかな。大峨君は?」
「それが、パッとしないのよね。なーんか集中できてない感じで、点数もそれなり」
「そうなんだ〜。でも、まだ今季の初戦だからね。というより、外の試合は今日で2回目だっけ?」
「そうね。アウトドアは去年の秋の1回だけで、今日で2回目」
「それなら緊張もあるだろうし、そんなもんだよ。焦らない、焦らない」
「確かにね。無事に終われば良しとするかな」
澤嶋親子は鶴中親子の目標でありライバルだ。
実際は、ライバルと思っているのは琉乃だけで、実力は足元にも及ばない。でも、心の炎はメラメラと燃え盛っている。
ただし、それは競技だけだ。
普段の大峨と晃史は仲が良い。琉乃と玲子は、もっと仲が良い。日増しに仲が良くなっていく。
親と子の関係も似ている。親が子をグイグイ引っ張っていくタイプだ。
それだけ仲が良く似ているから、身近な目標でありライバルと思えるのかもしれない。
澤嶋親子の存在は、いろんな意味で大きかった。
「んんっ! 270点?」
意外な点数に、頭が追いつかない。
後半は過度な期待をせず、次につながれば十分と思って気楽に見ていた。てっきり、前半と同じくらいの点数だと……。
「270点って、結構いいんじゃない?」
玲子の声で、ようやく頭が現実に追いつく。
先生から「できれば4月中に270点は出したいですね」と言われていた点数だ。
その点数が、初戦でいきなり出たのだ。
「おー、やったね!」
澤嶋親子が横にいるので、控えめに喜ぶ。大峨も嬉しそうだ。
「あ、晃史君は?」
「自己ベスト、7点更新できたわ」
「ということは、全国は確実に上位通過ね。すごいなあ」
琉乃は素直に称えた。
「大峨君も全国に一歩近づいたし、お互い良かったね」
「ほんとね〜」
本当に意外だった。まだ全国大会には少し足りないが、初戦で270点は大きい。
七分咲きだ。
わからないものだ。期待すれば外れ、気楽にすれば期待以上になる。
これからは、過度な期待は禁物だな。
そう思いながら、2週間後の試合に期待していた。
雨は降らない。でも、太陽が全く見えない曇り空。
琉乃の心も、どんよりした曇り空……。
この2週間は、あまり良い練習ができなかった。
練習時間はしっかり取っている。別にサボっているわけではない。
でも、いまいち大峨が練習に集中できない状態。
それでも、前回のように試合で良い点数が出るのを期待していた。
いや、期待すれば外れるので、期待しないように意識しているつもり。
でも、意識している時点で、期待していることに気がついた……。
「あー、今日は点数出なかったー」
「うちも今日は更新できなかったー」
琉乃の落胆の声に玲子も続く。そして、2人で笑う。
「期待しないようにって思うんだけど、どうしても期待しちゃうのよね……」
琉乃は曇り空を見上げながら遠い目をする。
「まあ、試合は点数が全てだから。親としては期待しないほうが難しいかもね。でも、結果にこだわりすぎないほうがいいのかも」
「そうね~、もうちょっと気楽にするほうがいいかなあ」
玲子の言う通りだ。結果にこだわりすぎるのは良くないだろう。
でも、澤嶋親子とは立場も状況も違う。
晃史は30メートルの部で上位通過が確定的。大峨は18メートルの部の出場に届いていない。
6年生なので、最後の小学生の全国大会だ。大峨にとっては最初で最後の全国。
行くには点数を出すしかない。迷っている暇も、悩んでいる暇もない。
気楽に構えてはダメ。これまでの努力を実らせなければ。
今回が悪くても、七分咲きが五分咲きに戻るわけではない。
七分咲きの先は満開だ。
琉乃は頭に焼き付いた桜に、思い描く満開を重ね合わせていた。
11. 七分咲き