アーチェリー物語【親子編】13. 優しい雨



「天気予報は曇りだったのに……」

琉乃は薄暗い雨空を見上げてボヤいた。

アシストアーチェリーの選手が出場する試合は、雨が降らないと聞いていた。二年以上も。

しかし、ついに降った。今日に限って。

車に乗ると、ますます雨が強くなってきた。

大峨はじっと前を見ている。会話も少ない。ワイパーの音がやたら大きく、キーキーと悲鳴のように聞こえる。

今日を入れて残り二試合。とても貴重な試合だ。

それなのに……。

自然を味方にしなければと思う。でも、どう考えても敵にしかならない雨。憎い敵だ。

水溜りでタイヤが飛沫を上げるたび、心に水を浴びせられる。

気持ちが次第に冷え込む。

マイホームの地鎮祭や上棟式で雨が降ると大変だ。残念でもあるが、それでもやるしかない。

今日の試合も同じだ。雨が降ろうが槍が降ろうが、それでもやるしかない。

雨だから点数が出ないわけじゃない。気持ちを奮い立たせる。

到着したら、幸いなことに小雨になってきた。

(せめて、ひどくなりませんように)




雨天は何もかも大変だ。

車で準備を始めると、横に玲子の車が停まった。

タープテントを持っていたので、一緒に組み立てる。

芝生はジュクジュクで、もう足元は濡れている。でも、雨がしのげるのは本当にありがたい。

的の準備も大変だ。レインコートを着て、いつもの倍くらいの労力がかかる。

「はあー、ついに雨かー。これまでずっと降らなかったんだけどね」

椅子に座りながら玲子がボヤく。

「はあー、どう考えても点数は出ないよね」

琉乃も続いてボヤく。

「カッパ着るだけでフォームに影響あるだろうしね。手が滑るかもしれないし」

「なんか、はあーしか出てこないわ……」

琉乃はガックリうなだれる。

「はあー、そうねぇ」

二人でボーッと空を見上げる。普段と違って話のネタも湧いてこない……。




雨は降り続いている。でも、試合が始まると、意外と気にならなかった。

テントの中だからではない。

目の前には普段と変わらない光景が広がっている。

カッパを着ている人。ずぶ濡れのユニフォームのままの人。スコアカードが濡れないように、それぞれ工夫している。それらは普段と違う。

でも、矢を放ち、点数を書き、矢を取る。その繰り返し。当たり前だが、それらは同じだ。

むしろ、晴天の試合より集中しているように見える。

大峨も晃史も同じだ。皆と同じ流れに乗り、頑張っている。

しばらく無言で、その姿を見ていた。

そして、後悔の念に駆られる。

雨の中、頑張っている選手の姿を見て、「はあー」ばかり言っていた自分が恥ずかしくなった。

雨天で気が滅入るのは、親より選手だ。それなのに、自分が滅入っては話にならない。玲子との会話も少ない。おそらく、同じことを思っているのだろう。

気がつくと、大峨が目の前にいた。ハーフタイムだ。

「どう? 雨の影響は」

「やりにくいけど、だんだん慣れてきた」

少し疲れた表情をしているが、充実感がある。スコアカードを見ると、自己ベストに近い点数だ。

「後半も頑張って!」

ありきたりな言葉しか出なかった。大峨の後ろ姿を見つめながら、自責の念に駆られる。

「はあー」なんて言わず、もっと盛り上げて励ますべきだった。朝は「それでもやるしかない」と、気持ちを奮い立たせた。

でも、いつの間にか滅入っていた。

後悔先に立たず。わかっているが、後悔しかない。

玲子との会話は途絶えたまま。

少し大きくなった雨音が心に染み入る……。




「ひぃー、雨で大変だったー」

珍しく大きな声だ。ずぶ濡れの大峨がスコアカードを見せる。

顔は満足感が漂っていた。

「ええーっ、すごいねー!」

大げさではなく、本当に驚いた。自己ベストを七点も更新。

「よく頑張ったね。この雨で自己ベスト更新はすごいよ」

「うん!」

普段より大きな声が、グサリと胸に突き刺さった。雨の中、頑張っていた大峨のことを思う。感情が込み上げる。

大峨は的の片付けに走った。おかげで顔を見られずに済んだ。

琉乃はテントを出た。

少し上を向くと、雨が優しく頬を洗い流してくれる。

さっきまで憎かった雨。恵みの雨に変わった。

黙々と片付けを手伝う。気持ちは少し落ち着いてきた。

雨降って地固まる。

優しい雨を浴びながら、琉乃は新たな誓いを胸に刻み込んだ。










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