アーチェリー物語【親子編】7. 熱い想い
雲ひとつない青く透き通った空。
琉乃が庭先で自然を満喫していると、1台の車がやってきた。
ただの見慣れた軽トラだが、白馬に乗った王子様が来たようだ。
王子様ならぬ、おじさまが軽トラから降りる。あいさつもそこそこに、荷ほどきを始めた。
「さーて、こいつをどこに設置しましょうかねぇ?」
明るく大きな声は、おじさんの特徴。その正体は、びわホームの大工さんだ。
木材を組み合わせたような物体を肩から担いでいる。
「この場所に、こちら向けでお願いします」
家の隅の壁際を指して説明した。
「はいー、わかりました」
本職だけあって、テキパキと作業は進む。休憩にお茶を出すつもりだったが、その間もなく作業は終わった。
最後に畳を2枚載せて、近射台の完成だ。
畳を載せた状態で放置できるよう、屋根も付いている特注品。
三脚的台はアシストアーチェリーでも販売しているが、屋内用のため屋根がない。
いつでも練習できるように、外に置いておく必要があった。
そこで、びわホームの社長に相談したところ、快く製作してもらえた。
大工集団からすれば、この程度の製作物は朝飯前。不要な畳は無料でいつでも手に入る。
社長の好意で、設置まで無料でやってもらえた。びわホーム社員の役得だ。
その的台は、庭で独特の存在感を放っていた。
「ふーん」
大峨はランドセルを背負ったまま、しげしげと的台を見ている。気に入ったかどうかわからない。
薄い反応に、琉乃は少しがっかりした。
「ここで射つのは、ちょっと……」
あごに手を当てて首を傾げている。そうかもしれない。手入れされた庭に似つかない物体が出現し、ここで練習するわけだ。
琉乃も最初は抵抗があった。息子のためといえども理想の庭。
しかし、永久に置くわけではない。そうであれば、息子のために置くのは当然となった。
「最初は違和感があるけど、すぐ慣れるって」
「まあ、そうかなあ」
「そうよ。びわホームの社長も大工さんも、みんな応援してくれてるよ。どんどん使わなきゃ。さあ、早速ちょっと射ってみて」
的台を見ながら準備運動を済ませた大峨が、的の前に立つ。
近射に的は必要ない。でも雰囲気を出すために、射場のゴミ箱から拾ってきたボロボロの的紙を貼った。
記念すべき第1射は、的の真ん中に刺さった。
これで射場に行けない日は、家で練習できる。数メートルしか射てないが、何もしないより大きいはず。
アスリートコースにとって、自宅に的台を置くのは特別ではない。実際に何人か置いている。
気に入るとか気に入らないとかより、親として当然のことだ。
また一歩、目標に向かって前進した。
今までレッスン中は、後ろの椅子に座って見ていた。買い物で抜けるときもあった。
しかし、最近はレッスンの様子をしっかり見ている。
時には歩み寄り、先生の言っていることを聞く。重要そうなことはメモした。
これまで何度か、同じことを言われているのを耳にした。
習得するには時間がかかることなのだろう。そういうことは、自宅練習で言えると思った。
せっかくのレッスンを少しでも無駄にできない。
自分で勉強することも考えた。
調べたらアーチェリー入門書はあったが、だいぶ前の出版だ。最新のアーチェリー教室に通いながら古い本を買うのは抵抗がある。
ネットで検索しても、大した情報は出てこない。参考になりそうなサイトもなかった。
マイナーなスポーツなので、情報が少ないのは仕方ない。かなり残念な結果だ。
どうしようか悩んでいると、大事なことに気がついた。
冷静に考えれば、日本一の先生に指導を受けている。
最新で最高の情報。聞こうと思えば何でも聞ける。
これより有益な情報なんてない。最高の環境だ。
それに気が付かないとは。灯台もと暗しだった。何をやってんだか……。
自分が残念な結果になるところだった。
こうして空回りしたのも、息子のためを思ってのことだ。決して悪いことではない。そう思って納得した。
「押し手の肩が少し上がってるんじゃない?」
琉乃が言うと、大峨は少し肩を下げる。そのまま何本か無言で射つ。
最初は違和感があった的台も、いつしか庭の風景に溶け込んでいた。
「押し手のグリップ注意してね。握り込まないように」
「ん」
蚊の泣くような声の返事だ。しばらく何本か無言で射つ。
「ほら、また押し手の肩が上がって……」
途中で言うのをやめた。大峨が口を出すなという顔をしたのだ。
少し離れて様子を見る。
「あー、今日はもう終わり」
集中力が切れたのか、抜け殻のようになった。
「んー、もうちょっとだけやったら? 試合に出るのも決まったし。せっかく出るんだから良い結果を出したいしね」
「わかった。じゃあ、あと15本くらい射つ」
「どうせなら18本にしたら?」
「わかった」
フーっと大きく、ため息のような深呼吸をして、また射ち始めた。
滋賀の記録会に参加する日が近づいていた。アシストカップ以来の試合で、初めてのアウトドア。
ただ出るだけでなく、できれば良い記録を出したい。そのためには気分が乗らなくても、練習を積み重ねるべき。
そうしてリードするのも親の役目だ。
18本射ち終え、大峨がこちらを見た。
「あと6本射つ」
少し大きめの声で言った。琉乃の少し浮かない表情を察したのだろう。
「うん、頑張って」
無言で12本射ち、この日の自宅練習は終わった。
親の熱い想いに息子は応えてくれる。しぼみかけていた自信が少し膨らんだ。