アーチェリー物語【親子編】1. 違う景色



「今日は三階から回るわね」

上りエスカレーターに乗りながら、鶴中琉乃(つるなか るの)は次男に声をかけた。先に食料品以外のフロアを見て回ることにしたのだ。

これまで、平和堂甲西中央店の三階に上がるのはダイソーが目的で、その奥に何があるのか知らなかった。いつものスーパーだが、琉乃は少しワクワクしていた。

三階に着いてダイソーを通り過ぎると、何かボンボンと当たるような音がする。

そこには、思いもよらない光景が広がっていた。アーチェリー場だ。数人が黙々と矢を放っている。いつオープンしたのだろうか、まさかの光景だった。

しばらく二人で、矢を放つ姿を見ていた。

後ろから見ていると、矢は一瞬で的に吸い込まれていく。上手い人は的の真ん中ばかりに当てている。まるで射撃を見ているような正確さだ。

ふと周囲を見渡すと、入り口の横に「いつでも体験できます!」と大きく書いてある。琉乃は固まったように前を見つめる息子に聞いた。

「アーチェリー体験できるって。やってみる?」

「うーん、どうしようかなあ」

次男の大峨(たいが)は小学五年生。

落ち着いた性格で、運動は好きではない。良くいえば平均的、悪くいえば特徴がないといった子だ。琉乃に似て活発な長男とは正反対の性格で、もどかしさを感じることもある。

「お母さんも一緒にやるから、やってみようよ。ねっ!」

「うー、うん」

アーチェリーを実際に見るのは初めてなのに、すぐ一緒に体験できるとは。琉乃はワクワクしていた。

スタッフによる簡単な説明と実演があり、すぐに射つことになった。体験用といえども本物の弓矢だ。

遊園地の射的とは違って、実際に撃っている手応えがある。つい熱中しそうになるが、目の前で撃っている息子を気にしなければ。

大峨はアドバイスを聞きながら、黙々と射っている。琉乃と一緒に六本射って矢を取りに行き、その繰り返し。

的に矢を当てる単純な動作だからこその楽しさ。やり始めたら誰でも熱中するだろう。大峨も例外ではないようだ。

的まで五メートルと近いので、琉乃と同じくらいの当たり方。「おー、真ん中の十点!」とスタッフから言われると嬉しそうだ。

額は少し汗をかいてキラキラしている。琉乃は息子が輝いているように見えた。




約三十分の体験は、あっという間に終わった。

「どうだった?」

「楽しかった!」

そっけない反応だが、満足しているようだ。

射っている間、琉乃はアーチェリー教室のことを考えていた。ポスターが貼ってあるので概要はわかる。大峨が興味を示せば入会させようと。

「もっとやってみたい?」

「うーん、やってみたい……かなあ」

煮えきらない返事は毎度のことだ。

「五年生でも問題ないですよね?」

琉乃はスタッフにたずねた。

「もちろんです。最年少は一年生ですから。三年生以下は上達に時間がかかりますが、五年生なら始めるのに良いタイミングだと思います」

「うちの子、どうですか? やるとしたら大丈夫そうですか?」

「スジは良さそうです。集中力も問題なさそうですし、話もしっかり聞いてくれました。アーチェリーに向いていますね」

「じゃあ、入会する方向で考えてみます」

「まずは体験入会でいかがでしょう? 小学生ならレッスン四回で三千円です。入会するかどうかは、体験入会後の判断で大丈夫です」

わかりやすく簡潔な説明は、とても安心感がある。

「それじゃあ大峨、まず四回やってみよっか! 続けるかどうかは、それから考えよっ!」

「うん、やってみる」

相変わらず反応は薄いが、次が楽しみなのはよくわかる。

たまたまアーチェリー場に来て体験し、その場で続けることになった。何となくワクワクしていたのは、これだったのだろう。

とにかく大峨がやる気になっているので、自然に笑顔になる。

その場で初回レッスンを予約し、アーチェリー場を後にした。

買い物中、帰り道もアーチェリーの話が弾む。何年も通っている帰り道が、少し違う景色に思えた。

「お母さんはやらないの?」

「うーん、まず後ろで大峨を応援するよ。楽しみだね」

「わかった」

初回レッスンまで五日。

普段ならあっという間に過ぎていく時間なのに、かなり先のように感じられた。


 次は >> 2. 笑い声



1. 違う景色






















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