アーチェリー物語【親子編】12. 可能性
どこかで聞いたことがあるセリフだと琉乃は思った。もちろん自分のことだ。
甲西アーチェリー場の休憩スペースで、玲子がインタビューされている。
到着したら始まっていたので、どんなメディアかわからない。玲子だけなので、先生は関係なさそうだ。
少し離れて腰掛ける。
射場の壁には、新聞記事が何枚も貼られている。小学生と先生の記事ばかりだ。
(数ヶ月後、この中に大峨も写っているかもしれない……)
インタビューを聞き流しながら、ぼんやりとイメージしていた。
「鶴中さん、大峨君がアーチェリー始めて1年くらいだっけ?」
玲子の声にドキッとした。
「えーっと、そうねー。1年ちょっと……、くらいかな」
いきなり話を振られたので、しどろもどろの返事。
「いま、目標とかライバルという話になってて、一番身近で刺激を受ける存在って、やっぱり鶴中さん親子だと思うの」
琉乃の顔を見てニコッと微笑む。
「それは光栄なことで……」
頭をペコリと下げて恐縮する。
「ライバルとはちょっと違うけど、大峨君はどんどん上達してるし、お互いに刺激しながらアーチェリーを続けられたらいいなーと思って」
玲子は記者のほうに向き直る。
「ということで、そんな大切な存在の鶴中さん親子です!」
琉乃は再び頭をペコリと下げて、かしこまる。
刺激を受ける存在。大切な存在。それは琉乃も同じ思いだ。
でも、ライバルとはちょっと違う……。
それは仕方ない。まだまだ実力の差がある。
少しでも早く近づかなければ。琉乃の心の炎は、静かに大きくなってきた。
今日は大峨と晃史の同時レッスン。
距離は同じ18メートル。真ん中の黄色に当たっている本数は同じくらいに見える。
しかし、的のサイズが違う。
晃史は40センチ的で大峨は80センチ的。2倍のサイズなので、黄色の面積は4倍になる。
外側の赤色に矢を全部入れるのは、それほど難しくないらしい。しかし、全部黄色に入れるには、難易度が一気に上る。
その面積が4分の1になると……。
あんな小さな的を狙って、よく当てるものだと感心する。
これが現時点の実力の差だ。
全国大会に行くためには、晃史ほど当てなくてもいい。
でも、もう少し実力を上げなければ。
レッスンが終わると、練習エリアに移動して練習開始。二人で点取りをするようだ。
点取りが終わる頃、買い物に行っていた玲子が戻ってきた。
「お待たせ~、どんな感じ?」
「ちょうど点取りが終わったところ」
「鶴中さんは何時まで? 私達は最後まで残るけど」
「もう少し早く切り上げるかな。まあ、大峨次第だけど」
まだ時間はたっぷり。その間は、いつものように雑談に花を咲かせる。いくらしゃべっても、話のネタは湧いて出る。
どれだけ時間が経ったかわからない。二人が近づいてきた。
「今日はいい練習ができたから、もう終わろうと思って」
晃史が玲子に言う。
「えー、今日は閉店までだったよね? もっと頑張らなきゃ」
時計を見ながら、玲子の眼光がキラリと光る。
「2時間も3時間もやるわけじゃなく、あと少しよ。少しの差だけど、これが大きいの。優勝するために、人より努力しなきゃ」
「はーい」
「さっき、ポッキー買ってきたから、終わったら食べようねー」
優しい目で微笑む。
琉乃も流れに乗った。
「大峨も最後までやったら? 今日は最初から一緒だったし。晃史君以上に努力しなきゃね」
「ほーい」
「大峨君も終わったらポッキー食べようねー」
玲子の優しいフォロー。二人とも元気にUターンした。
「ポッキーフォローありがとう。うちも澤嶋さんに見習って、もっと頑張らないと」
「いやいや、鶴中さんも上手にリードしてると思うよ」
「もうすぐ大事な試合だし、もっとグイグイ引っ張ったほうがいいと思ったなあ」
「グイグイはそうかも。子どもの可能性を引き出すのが親の役目だしね」
「やっぱりそうね!」
琉乃は自分を納得させるように、大きくうなづいた。
子どもの可能性を引き出す。
琉乃がいつも心がけていることだ。それは玲子も同じ。
少し違うのは引っ張り方。力の入れ方だ。
大事な試合も近い。玲子を見習って、後悔のないようにグイグイ引っ張らなければ。
琉乃は大峨の可能性に、自分の可能性をかけ合わせていた。