アーチェリー物語【親子編】17. 小径
「アレクサ、音楽かけて」
心に響く歌声とコーラスのハーモニーに乗って、掃除が進む。
「モクレンの花の下で踊ろう♪」
反射的にアレクサの方を見る。モクレンは琉乃が一番好きな花だ。
先月まで、家にはモクレンが咲いていた。
掃除の手を止め、音楽に集中する。
一度聴いたら忘れられない、惹き込まれる声。メロディと歌詞が心に響く。
「アレクサ、リピートして」
掃除の手を動かしながら、聴き入る。
「……それを、君が許してくれるなら♪」
とても素敵なフレーズ。プロポーズの歌のようだ。
ただ、それ以上の深いテーマを感じた。恋人を親子に置き換えて想像する。
大峨の中に深く入り込むこともある。それを許してくれていたのだろうか?
「……それを、君が望んでくれるなら♪」
大峨は、これまでの助言や行動を望んでいたのだろうか?
ここまでアーチェリーに力を入れるのを望んでいたのだろうか?
「もっと自由でいいんだ、太陽の下。もっと自分でいいんだ、人波の中♪」
グサリと突き刺さった。
大峨は自由にアーチェリーをしていたのだろうか?
自分らしくやっていたのだろうか?
疑問が次々に浮かんでくる。
掃除の手は止まっていた。
「アレクサ、曲名を教えて」
「浜田省吾のマグノリアの小道です」
マグノリアはモクレンの別名だ。好きな花が曲名に入っていたので、さらに気に入る。
ただ、「小道」に違和感があったので、すぐに検索した。
マグノリアの小道ではなく、マグノリアの小径だった。
読み方は同じでも、意味や深さが違う。腑に落ちた。
小径の意味は、幅の狭い道。
それだけでなく、小さな径。そこに深い意味を感じる。
直径や半径の径。つまり、二人で小さな輪に入ろう。一緒に歩んでいこうという意味だ。
そのためには、互いの志や信頼が大切になる。
琉乃は、大峨と一緒に小さな輪に入り、目標に向かって歩んでいると思っていた。
でも、そうじゃない。思い込みだった。
曲を聴きながら、反省と後悔が渦巻く。間違いばかりだったのだろうか?
掃除は途中で終わっていた。
「ただいまー」
以前と変わらない声が響く。心地良い一瞬だ。
「おかえり。これからレッスンだけど、どうする?」
「行くけど。なに?」
「お母さん、いろいろ考えたんだけど、大峨のやりたいようにやるのが一番だって。だから、もしアーチェリーやりたくないんだったら、やらなくてもいいよ」
いつもより少し明るい声で伝える。
「うーん、今はちょっと調子が悪いけど、やりたいけどなあ」
首を傾け、少し考えている。
「じゃあ、今までどおりで大丈夫?」
「うん」
大峨の表情は暗くない。やりたいのは本音だ。
「わかった。じゃあ、もしやりたくなかったり、何かあったら言ってね。それじゃ、準備しよっか」
琉乃は、少し気が楽になった。
根本から解決したわけではない。でも、一歩前進だ。
今までは大峨を引っ張ってきた。それが親の役目だと信じて。
間違いではないだろう。しかし、思いが強すぎて、大峨の自由や自分らしさを奪っていたのかもしれない。
これからは、もっと大峨の気持ちを尊重しよう。
「モクレンの花の下で踊ろう♪」
琉乃の頭の中で、マグノリアの小径が何度もリピートしていた。