アーチェリー物語【親子編】24. 感謝
朝日が輝きを放ち、夢の島を明るく包み込んでいる。
でも、そんなことを気にしている暇はない。朝から決勝トーナメントが始まる。
目が覚めた瞬間から、勝負は始まっているのだ。
予選三位の大峨は、六位の選手と対戦する。一位は八位と、二位は七位と対戦。
予選上位が有利になるが、短期決戦だ。
一セット三射の六ポイント先取。早ければ、九本で勝負が決まる。
大人の全日でも、予選通過ギリギリの選手が勝ち進むことがよくあるらしい。何が起こるかわからないのが決勝トーナメントだ。
大峨は少し緊張している。緊張するのは誰でも同じだろう。そう自分に言い聞かせる。
開始時刻が刻一刻と迫り、玲子と話をする余裕はない。
少しずつ心臓の鼓動が増幅され、全身に振動となって伝わる。
昨日と同じだ。心臓に悪い……。
余計なことを考える間もなく、初戦が始まった。
相手が二ポイント先取。先に取られたのは痛い。
スロースターターではないが、大峨は後から調子を上げるタイプ。次は取り返すはず。
しかし、次も相手に二ポイント。昨日とは別人のような大峨の当たり方。
まさかの展開に一瞬、頭が真っ白になる。
大峨はアシストカップ以外でトーナメントの経験がない。それが影響しているのか?
上り調子で、勝ちを意識しすぎているのか?
昨日は体から湧き出す自信があった。でも、今日は感じない。
とにかく、次は一ポイントでいいから取ってほしい。両手に力を込めて必死に願う。
……琉乃の願いは叶った。同点で一ポイントずつ入る。
しかし、これで一対五。もう後はない。
次が勝負。
全身が燃え上がるほど力を込めて、必死に応援する。
その願いは、きっと届くはず……。
今日は長い一日になるかもしれない……。
琉乃は、青く深い空を見上げながら思う。
悔しさではなく、ショックでもない。達成感や満足感でもない。言葉にできない感情。
悲しいわけでもないのに、一筋の涙が頬を伝う。
願いは届かなかった。
一対七。完敗。
夢の舞台は、静かに幕を閉じた。
この舞台に来られたのは大峨のおかげ。感謝する。そして、昨日、今日の頑張りに感謝する。
勝負はわからないものだ。短期決戦は、なおさら。
勝つのは、それだけ難しいということ。良い経験になった。感謝する。
さて、気持ちを切り替えよう。
大峨の試合は終わったが、まだ終わったわけではない。
頑張った息子を温かく迎えなければ。これが親の役目だ。
スコアカードの提出を終え、肩を落とし、一回り小さくなった大峨がトボトボと歩いてくる。
琉乃は立ち上がり、その椅子に座るように促す。
大峨が無言で座る。
そっとタオルを差し出すと、静かに顔をうずめた。
まるで終業式の校長先生の話のようだ。
表彰式が終わり、閉会式の話。
全員が前を見て話を聞いているようで、右から左。誰も聞いていない。
大峨もその一人だ。
負けた悔しさは、タオルに全部落とした。
そして、クラブメンバーの応援をしながら、少しずつ元気が復活した。メンバーからパワーをもらったのかもしれない。
終わってみれば、あっという間の一日だった。
「えー、ここで皆さんに嬉しいお知らせがあります!」
五割くらい大きくなったスピーカーの声に、全員がピクンと反応する。
「コロナで中止が決まっていたGAカップ全国大会ですが、再検討の結果、開催されることになりましたー!」
「おおー」という歓声と拍手が沸き起こる。
「急な決定なので申請条件と要項も見直しました。ここにいる全員が出場できまーす!」
一段と大きな歓声と拍手に会場が包まれる。琉乃も大きな拍手を送る。
小学生の全国大会は最初で最後と思っていたのに、まさかの展開。
夢の舞台に、続きがあるとは思わなかった。感謝しかない。
普通に開催されていれば、出場できたかどうかわからない大会。
めぐり合わせに感謝する。
話は続いているようだが耳に入らない。
興奮が湧き上がり、体が熱くなる。
琉乃は、大峨の姿を見つめながら、予想外の展開に深く感謝していた。