アーチェリー物語【親子編】4. 拍手
平和堂甲西中央店は9時半オープン。
琉乃と大峨が待っている人にあいさつをすると、入口のドアが開いた。
甲西アーチェリー場の入口には、「第3回アシストカップ」の大きな看板が掲げられていた。子連れから年配者まで、流れるように射場に入ってくる。
あたふたしながら受付を済ませ、周囲を見渡した。
皆が同じように自分の弓を組んでいる。小学3年生くらいの子も、涼しい顔をしてテキパキと組み立てている。まるでベテランだ。
大峨はレンタル弓なので、すでに用意されていた。
待っている間は雰囲気に飲み込まれ、二人で石像のように固まる時間となった。
「大峨君、今日は練習通り頑張ろう!」
そんな様子を察して先生が声をかけてくれたので、石像から人間に戻った。
あらためて周囲を見渡すと、和やかな空気が流れている。お菓子の詰め合わせの賞品も並び、試合というよりイベントという感じだ。
開会式が終わり、いよいよ予選が始まる。まずは2回のプラクティス(練習)だ。
「先生が言ってたね。練習通り頑張って!」
「うん」
大峨は少し緊張しているようだ。
アーチェリーを始めて半月後の試合。まだ右も左もわからない。いつの間にか琉乃の手は汗で湿っぽかった。
プラクティスが終わると、そのまま予選に入った。
楽しいイベントの雰囲気もあるが、やはりアーチェリーの試合だ。緊張感がビンビン伝わってくる。
大峨は、しっかり20数人と同じ流れに乗っていた。
的の前で慌てることがあっても、周囲がサポートしてくれる。笑い声も聞こえて温かい。
もう琉乃の手の汗は乾いていた。
予選は休憩を挟んで60本。長いと思ったが、終わってみればあっという間だった。
昼食は、直前のレッスンで一緒だった6年生の母親が声をかけてくれた。
「あのグループと、あの子とあの子はアスリートコースよ。全国大会に出られそうだって」
食べながら母親が教えてくれた。
「へー、全国大会。すごいなあ」
他の小学生とは雰囲気が違った。すごい感じではなく、まるで自分の家で過ごしているように見えた。
毎日のように射場に来ているのだろう。
「コホン! あなたもアスリートコースでやってみたらどうですか?」
母親は、背筋を伸ばして息子に問いかけた。
「俺はいいや」
「あっそ」
爆笑していたらトーナメント表が貼り出された。
予選の順位で、決勝トーナメントの組み合わせが決まる。
6メートルの部の出場は4人で、大峨は予選3位だった。準決勝は2位の子と対戦する。4位だった友達の6年生は1位と対戦だ。
トーナメント戦は、関西大会以上でないと行われないらしい。
そんな貴重な経験ができるだけで十分だ。そう思う反面、2回勝てば優勝だ。
心の声が琉乃を静かに励ましている……。
開会式では聞き逃していたのか、開始直前に3位決定戦があることを知った。
勝っても負けても2回対戦できる。これで何となく気が楽になった。
「大峨、もし負けても次があるから思い切って!」
「うん!」
普段より力強い返事だ。予選とは違って堂々としているように見える。慣れてきたのだろう。
全員が一斉に射つ予選と違って、会場の空気も少し変わっていた。
スコアボードもあるので、1対1で戦っているのがよくわかる。
それが大峨にとって、良いほうに作用していると感じた。いや、そう感じようとしていた。
決勝トーナメントは1エンド3射ごとにポイントが入る。勝てば2ポイント、引き分けは両者に1ポイント。
先に6ポイントになったら勝利だ。
1エンドごとに各自でスコアボードに点数を加えるので、観客席からよく見える。
準決勝のスコアは6対4。大峨の勝ちだった。
「やったー!」
小さな声で控えめなガッツポーズだ。
「うん、やったね! 次もその調子で行こう!」
「おー!」
またまた小さな声だが、気合は十分だ。
大峨は予選3位で相手は2位。相手が上だが勝った。次も勝てるかもしれない……。
そう思った矢先、対戦相手が決まった。
予選は4位だった友達の6年生。てっきり1位の子が勝ち上がると思っていたので驚いた。
何が起こるかわからないものだ。
そうなると、どっちが勝ってもおかしくない。確率は半々。勝てる確率が半分に上がった。
「それでは決勝戦を始めまーす!」
開始のブザーが会場に広がった。
まず大峨が2ポイント先取。琉乃の鼓動は早く大きくなった。
次は相手に2ポイント。ギュッと握りしめた両手に力が入る。
次は大峨が取り返して、合計4ポイントになった。鼓動は一段と早く大きくなり、体全体が熱くなり硬直してくる……。
あと1回、あと2ポイントで優勝だ。
そう思った途端に大峨が大外し。勝ちを意識して力が入ったのかもしれない。
相手に2ポイント入り、4対4の同点となった。
もう願うしかない。いや、願いすぎるのもどうか……。やっぱり願うしかない。
(大峨、頑張れ! 頑張れー)
声にならない声を出す。心の中で必死に叫ぶ。汗びっしょりになった両手にギュッと力を込めた。
当たり方は大峨が勝ったように見えるが定かではない。同点かもしれない。
1秒がとても長く感じられる……。
スコアボードに歩み寄った大峨は、自分のスコアを4から6に変えた。
琉乃は全身の力が抜け、しばらく6を見つめていた。
大峨がスコアボードの数字をパタパタと変える瞬間。これからの人生を変えていくように思えた。
「6メートルの部、優勝、鶴中大峨君」
温かい拍手に包まれ、産まれて初めて賞状を受け取る姿を見て、目頭が熱くなる。
優勝なんて、今まで考えたことがなかった。
アーチェリーを始めて半月足らずで優勝。ビギナーズラックだろう。
小さな大会。出場4人での優勝。とても小さな優勝だが、優勝は優勝だ。
そして琉乃にとって、かけがえのない優勝。
「どう? 優勝の感想は?」
賞状と賞品を持つ息子の姿に、興奮を抑えながら聞いた。
「やったーって感じ」
相変わらず控えめだが、かなり喜んでいる。
「本当に優勝できるなんてね、すごいよ。これからも頑張ろうね!」
「うん!」
帰りの車の中は、試合の振り返りに花が咲いた。
優勝、優勝、かけがえのない優勝……。
話をしながら、琉乃の頭の中では優勝の文字が弧を描いていた。